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003 饅頭

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 現在、わたしことチヨコは床に伏している。
 療養すること十日目。
 とはいえ元気だ。カラダにはなんら異常はない。
 星読みのイシャルさまが、クンルン国での出来事を根掘り葉掘り聴取した結果、「お嬢さんには二週間の静養をとってもらいます」とおっしゃった。あくまで念のためにとの処置。
 よってわたしは馴染みの女官であるカルタさんに介抱されつつ、ゴロゴロ過ごしている。
 カルタさんはいいニオイのする女官で影盾でもある。体術や暗器を巧みに使いこなす。下衣の裾をひるがえし、くりだされるすらりとしたおみ足。その蹴りは見た目の艶っぽさに反して、鍛えあげた武人の腕の骨をへし折るほどの威力を秘めている。またカルタさんは宮廷内の作法やしきたりにも精通しており、わたしの教育係でもある。
 わたしが北のパオプ国や西のクンルン国へと出かけている間は、第一皇女イチカさまのところで身辺警護に務めていたのだが、またぞろ迎賓館つきになったらしい。
 寝台でまったり過ごしつつカルタさんとおしゃべりをしていたら、話題にのぼったのがこんど聖都のシモロ地区にて開催されるという、ある競技会のこと。

「ほら、ポポの里で子どもたちが遊んでいたオモチャがあったでしょう?
 えーと、たしか『剣輪』とかいうやつ。
 チヨコちゃんを迎えに行ったときに、使節団の誰かがアレをおもしろがって持ち帰ったらしいの。それが選定の儀以降に爆発的に流行してね。
 いまでは聖都中の若者たちがこぞって遊んでいるらしいわよ」

 剣輪とは、細長い板に車輪をつけた遊具にて、これに乗ってシャーッと滑るという遊びのこと。
 もとは白銀の大剣姿となった勇者のつるぎミヤビに乗って空を飛び、「ヒャッハー」していたわたしを、里の子どもたちがうらやんで考案したシロモノ。
 これをおもしろがった里の鍛冶師ボトムさん。本格的に魔改造を施し、一流の遊具に進化させたのが現在の剣輪。
 ちなみに聖都にて流行したのは、たぶん選定の儀の騒動のおりに、わたしがミヤビに乗って都中を飛び回ったからであろう。
 機を見るに敏なタモロ地区の商人たちが、剣の母人気に便乗する形で売り出したところ、ドーンといっちゃったらしい。いまでは専門店まで登場しているんだとか。
 この分だとまたぞろタモロ地区の商会長さんが、荷車いっぱいの宝物を乗せて「商公女さま」とホクホク顔でお礼に押しかけてきそうである。
 あぁ、商公女さまってのはわたしの持つ肩書のうちのひとつね。
 かつて意図せずして聖都の経済をぎゅるんぎゅるんかき混ぜた結果、未曾有の好景気を発生させてしまい、そう呼ばれるようになった。
 他には剣の母にはじまり、いまや団員数がとんでもないことになっている紅風旅団の首領、勇者殺しなどの肩書もある。
 このあたりまでが世間に広く認知されており、禍獣の母、魔改造の女、雨女のことを知るのはごく一部のみ。こっちは内容が内容なので、あまりおおっぴらにはできない。

 にしても辺境のド田舎発祥の遊びが、いまや大都会の若者たちを虜にしているのか……。
 よもやそんなことになっていようとは、ボトムさんや里の子どもたちは夢にも思うまい。
 こんど帰郷したら教えてやろう。どんな顔をするのかちょっと楽しみ。
 なんぞと考えてニヤニヤしていたら、部屋の扉がトントン控えめに鳴らされた。
 応対したカルタさんが手にしていたのは、わたし宛ての一通の手紙。
 差し出し人は紅風旅団の副首領を任せているアズキ。
 対外的には、わたしの身柄はまだ西のクンルン国に行っていることになっているから、「帰ってきたら渡してほしい」と託されたそうな。
 で、あらたまって何ごとかと手紙をひろげてみれば、例の剣輪大会の運営に紅風旅団が関わっているから招待したいので、都合がつけば顔を出して欲しいとの要請であった。
 大会名が『第一回剣輪・チヨコ杯』となっており、わたしはゲホゲホむせる。

「そこは、せめて剣の母杯とかでいいじゃない! なんで実名?」

 抗議の声をあげたら、カルタさんが背中をさすってくれながら、「剣輪・剣の母杯だと、語呂が悪いからじゃないかしら」と言った。

  ◇

 大会当日は晴天に恵まれた。
 シモロ地区の中央広場に設置された競技場。すり鉢状をしており、傾斜を利用して剣輪を走らせるという。
 規定時間内を動き続けて、より多くの技を披露し、審査員たちと観客たちを沸かせた者が優勝とか、かなりザックリした判定方法。
 まぁ、つい少し前まではただの遊びにて、競技に格上げされてまもないから、細かい点はおいおい詰めていくのだろう。
 わたしは旅人風の外套(がいとう)をはおり、目元だけが露出している頭巾をかぶって、大会会場へと足を運んだ。となりには同じ格好をしたカルタさんもいる。
 アズキたちには来場することを告げていない。騒がれ賓客扱いされても面倒だから。あくまでいち個人として見物に来たのである。
 ここに来る前に神泉の井戸にも立ち寄った。

 神泉の井戸とは以前にわたしとミヤビが掘ったもの。
 水の才芽と天剣(アマノツルギ)のチカラが合算して、なにやら健康になる水が湧くようになった。霊験あらたかともっぱらの評判。聖都の新しい名所になっており、けっこうな行列ができていた。
 ともすれば混雑してモメそうになるのを「ほら、そこ割り込まない。ちゃんと順番を守って」と注意して場を仕切っていたのはドルア。
 ドルアは紅風旅団、団員番号四十九万六千四百五十一番の男。
 もとは各地を放浪するむさ苦しいクマみたいな任侠者であったが、いろいろあって死にかけたので、救命のために水の才芽がしこたま込められた超高級薬をガンガン投与。その結果、骨格から肉体が激変。現在の逆三角形の胸板の厚い、渋めの中年偉丈夫になっちゃった人物。
 おかげでドルアから注意されたオバさま方が、きゃあきゃあ黄色い悲鳴をあげて、やかましい。
 ちなみにドルアの母親であるナムコさんも団員。番号は四十四万四千四百四十四番という、不吉なゾロ目である。

 神泉の井戸の周辺には食べ物の屋台やお土産物屋なんかも軒を連ねており、剣の母非公認の商品類がわんさか並んでいた。
 つい嫌味のひとつでも言ってやりたくなったが、商品棚の脇に「売上の一部は恵まれない子どもたちの教育基金に寄付されます。どうかご協力お願いします。紅風旅団より」との張り紙を見つけて口をつぐむ。
 わたしは一番人気だという、チヨコ饅頭十二個入りを購入して、土産物屋をあとにした。

  ◇

 競技会場の観覧席にカルタさんと並んで座りつつ、買ってきた饅頭をモグモグ。
 もっちり生地に練り込まれた香草の苦味と、甘めのねっとりあんこが口の中で混ざりあうことで生まれる味の調和が絶妙。
 絶妙といえばその大きさも小憎らしい。
 わたしのような子どもでも、ほんの三クチほどで食べきれる大きさゆえに、ついつい「もうひとつ」と手をのばしてしまう。
 あえて不満点を述べるとするならば、それは表面に焼き印でチヨコと押されてあること。はっきりいってコレはいらない。
 饅頭をカルタさんと二人してあっさり完食。

「一番人気は伊達じゃないということか」

 わたしは、名残り惜しげに指先をぺろぺろ。

「ええ、あとでお土産物屋に寄って、もう何箱かお茶請けに買って帰りましょう」

 宮廷に務める女官のカルタさん。舌の肥えた彼女にそう言わせるとは、おそるべしチヨコ饅頭。


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