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285 旅の終わり
しおりを挟む砂の海の中央付近にそびえる天空の塔。
その頂に立つ水色オオカミ。
空にぽっかりとあいた黒い穴が、大量の砂を吐き出すのを尻目に、眼下に広がる世界を見つめていたのは茜色の瞳。
ルクはいま、天の国より地の国へと降りて来てからのことを、静かにふり返っておりました。
病気の妹のティーを救うために旅をしていた野ウサギの兄弟のフィオとタピカ。
地の国にきてはじめて出来た大切な友だち。それから黒カラスのセンバや西の森の魔女エライザとも知り合った。なによりのちに師となる翡翠(ひすい)のオオカミのラナと出会ったのも、その最中であったっけ。
自分の世界を広げようと駆け出し、古代遺跡では神像ガァルディアに霧のオオカミのハクサと出会った。
からくりの仕組みはいまもってよくわからない。
世の中には自分の想像がおよばないことが、たくさんあると知るきっかけとなった。
荒地の古城ではステキなお姫さまのティアと、とっても強いグリフォンのルシエル夫婦。
それに愉快な光の勇者たち。彼らはまだ旅の途中なのだろうか。あいにくと魔王という存在と顔をあわせる機会がなかったのが、ちょっと残念。
けっして忘れられないのが師匠のラナとの修行の日々。
厳しくもやさしい指導のおかげで、自分はここまでたどりつけた。
彼女には尊敬と感謝の念しかない。
風の草原ではウマたちの生き様に感銘を受けた。ダイアスたちはいまでもきっと元気よく草原を駆け回っていることだろう。小さきものたちも、したたかによろしくやっているにちがいあるまい。
悪魔の山ではかわらない日々がつづいてるはずだ。チャチャ姉さんはいまも昼寝三昧の生活だろう。
森の芸術家のカイロはますます創作活動に精を出していることだろう。ひょっとしたらさらなる新境地を開拓しているかも。
おもえばあそこで芸術にふれたからこそ、人間という生き物に興味を抱いたんだ。
弓の街の復興は進んでいるだろうか? リリアは立ち直ってくれただろうか?
あの地ではヒトのいい面もわるい面も、いっぱい知った。
火の山は周囲を氷の壁で囲ってしまったから、もうだいじょうぶだとはおもうけど、幻焔のオオカミのキオには迷惑をかけてしまったかな。
竜の谷のドラゴンたちはたぶんかわらない。持ち合わせているチカラも時間も桁ちがいゆえに、この先ものんびりとすごすはず。
娘を想う親、姉を慕う妹、帰らぬ恋人を待ち続けるうちにココロを閉ざした者。
あそこにはいろんな愛の形があって、それはヒトもケモノもドラゴンもかわらない。
行方不明の婚約者が見つかったからラフィールもひと安心。
ウルルは今後の成長に期待かな。彼女はきっと姉に負けず劣らずのすごい美人になるとおもうんだ。
銀の髪飾りに宿ったフランクさんの魂。
すべてを失い絶望を知ってなお、彼は自分の想いに殉じる。
その気高さにはほんとうに胸を打たれた。人間っていろいろと問題の多い生き物だけれども、彼を通じてボクはヒトってほんとうにすごいとおもえたんだ。
迷子になっていたところを保護して親御さんのところに届けた子ザルのナナカラは、もう大人になったかな。
イナゴたちを率いる王の黒銀(クロガネ)は、いまも滅びの紅砂として真っ直ぐに飛び続けているのだろうか。
彼からは生きる過酷さと覚悟を学んだ。けっしてきれいごとではすまされない。だけれども、だからこそ必死に生きて、あらがい、生命は燦然(さんぜん)とかがやく。
ライム青年はいまも剣聖にしごかれて、史上最強の剣士への道をひた走っていることだろう。
たった一本の鉄の棒。
たかが剣、されど剣。
あの武器を通じて至れる場所がある。
まさか聖剣をへし折るだなんて。
ヒトの可能性を信じずにはいられない衝撃的な出来事だった。
人形の街に関しては、とくに心配もしていない。
あそこにいるかぎりはココットとナルタの姉弟も健やかに生きていける。
なにせあそこは善良なる人間にとっては、世界でいちばんやさしい場所だもの。
双頭の巨大クマのバルガーの行方はわからない。
いまも蒼の大森林に覇者として君臨しているのか、あるいはあの大軍勢に打ち取られたのか。
ただ、ルクにはどうしても彼が倒された姿が想像できない。
北の極界はそのままだろう。
あそこのすべては凍りついたまま。
咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユのかなしみと後悔を抱えたままずっと。
いつか救われるときがくるのを祈るばかり。
白銀の魔女王一派との争いは、とにかくたいへんだった。正直、あまりおもい出したくもない。なによりあの出来事はラナとの永遠の別れにつながるから。いかに本懐を遂げたとて、当人が納得し満足したこととて、残された者はやはりさみしいのだ。
浮島は、白い魔法生物たちをのせて、いまもどこかの空をプカプカと飛んでいることだろう。
最後の旅では、何ものにもかえがたい愛する者と、後事を託せる心強い友を得た。
天の国の御使いの勇者として地の国をめぐる旅路。
数多の出会いを通じて、おおくのことを与えてくれた、すべての者たちにココロからの感謝を。
いま己の内に溢れる想いのありったけを込めて、水色オオカミは高らかに天へと吠える。
チカラの解き放ち方は、魂が知っていた。
あとはそれに意識を同調させるだけでいい。
自分のすべてがとけるようにして、世界とひとつになっていくことを感じつつ、ルクが最後に思い浮かべたのは、クルセラの顔でした。
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