水色オオカミのルク

月芝

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272 古傷

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 密林の奥にある泉を中心としたひらけた一帯。
 そこがクルセラの所属する群れの居留地。
 彼女を送り届けるだけのつもりが、若い子たちにかこまれて、なし崩し的にここを訪れることになった水色オオカミのルク。
 四方八方からとんでくる言葉の波にのまれて、あっぷあっぷ。
 どうにか誤解をといて解放してもらえたのは、空がドップリ茜色に染まるころ。

「うちのお転婆が世話になったそうだねえ。たいしたもてなしはできないが、ゆるりと過ごしていくがええ」

 グッタリしているルクに、そう言ってくれたのは老オオカミの女性。
 なんでもこの群れを統括している三長老のうちの一頭なんだとか。
 みんなよりも長く生きているおかげで、知識や経験がとっても豊富。それゆえに天の国の水色オオカミについても、ある程度は知っていたらしく、かわった毛色のオオカミをじつにあっさりと受け入れてくれました。
 そればかりか仲間を助けてくれた感謝と歓迎の意をこめて、宴さえもよおしてくれました。

 小高い丘一面を埋め尽くす白い花。
 夜にだけ咲く花にて、一輪一輪がぼんやりと光を放っており、ちょっとしたロウソクがわりになるほど。なんでも日中に蓄えた太陽の光を、こうして夜に解き放っているのだとか。数があるのでけっこう明るい。
 そんな場所にて、飲めや歌えと陽気にさわぐオオカミたち。
 貯蔵していた食べ物も放出されており、みなおおいに喰らい、腹を満たす。跳ねるようにそろって踊っている者らがいれば、輪唱のように吠えている者たちもいる。
 陽気な宴会。
 なのに一角では、またぞろクルセラとシュプーゲルが口論をはじめていました。
 遠目にてそんな二頭の様子をルクが眺めていると、顔を出したのはニャモ。
 ちょこんと彼のとなりに腰をおろす。

「ケンカするほど仲がいいってね。もっとも完全にスレちがっていますけど」

 シュプーゲルは群れの首長の息子のうちの一頭。
 なおこの群れでは首長を頂点に戴き、三長老が合議制にて意思決定をしています。
 シュプーゲルは人望、チカラ、その他もろもろがいくつも他の兄弟より抜きんでているので、早くも次期首長との呼び声も高いんだとか。あの口やかましさも責任感の強さからとのこと。
 クルセラは女ながらにすぐれた戦士にて、彼女に助けられた者は多く、また面倒見がよくて気風もいいもんだから、姉御と呼んで慕っている者もひじょうに多い。こと同性にかぎっては支持率がとんでもない。
 そんな二頭は幼馴染みにて、どちらも群れの将来を憂いているのに、考え方がまるで水と油。
 立場上、群れ全体の安全と安定を第一に考えるシュプーゲル。
 平穏を守るためには時として果断が必要だと考えるクルセラ。
 どちらもまちがってはいないけれども、どうにもうまくかみ合わない。それで衝突が絶えないというわけ。

「で、ぶっちゃけるとシュプーゲルさんは姉御にホレてますね。本人は隠しているつもりみたいですが、女の目はごまかせません。あのガミガミだって姉御を心配してのことでしょう。でもクルセラ姉さんは、あんな性格なもんで、ちっとも気がつきやしない。それに……」
「それに?」
「シュプーゲルさんには負い目があるせいか、どうにもあと一歩が踏み込めないんですよ」

 ずいぶんと昔の話。
 まだシュプーゲルもクルセラも、いまのニャモよりも幼かった時分。
 やんちゃ盛りのきかん坊だったシュプーゲルは、長の息子という身分もあってそれはもう調子にのっていた。幼いがゆえに尊大で、怖いもの知らず。無謀と勇気をすっかりはきちがえていたものの、それは彼にかぎったことではなくて、その年頃の男の子にはありがちなこと。いずれたくましく成長したあかつきには、落ちついて頼もしい存在となるだろうと、周囲の大人たちは温かく見守っていた。
 そんなときに事件が起きる。
 シュプーゲルがイタズラ仲間たちをともなって、よりにもよって砂甲虫(さこうちゅう)に度胸試しだとちょっかいを出した。しかも見極めをあやまって空腹の個体をからかったものだから、砂甲虫はおおいに暴れた。食事時のかの虫はおそろしく機嫌がわるくなる。子どものイタズラだからとて見逃してはくれない。
 それほどおおきな個体ではなかったものの、それでも幼いオオカミたちにとっては脅威。
 明確なる害意や殺意を向けられて、すっかり腰を抜かしてしまったシュプーゲルたち。
 そこに駆けつけたのがクルセラ。
 みんなを叱咤して逃がすかたわら、怒れる砂甲虫を相手におとりを引き受ける。
 結果としてシュプーゲルたちは助かった。
 だがクルセラはその際に左の耳を半分失い、顔にも消えない傷を負った。
 そしてこの一件以来、シュプーゲルは変わった。イタズラ坊主は卒業し、首長の息子としてよりふさわしい存在となろうと、わき目もふらずに努力するように。
 それでもってクルセラは顔の傷のせいもあってか、女としての自分には早々に見切りをつけて、もともと男勝りであったのが、ますますその男前っぷりに磨きをかけていく。

「彼らにそんな過去が……。クルセラの古傷はそのせいだったんだね」

 ニャモの話を聞き終えたルク。
 しかしやや首をかしげて、ふしぎそうにこうつぶやいた。

「顔の傷か……、そのヘンがちょっとよくわからないなぁ。ボクの目にはクルセラは十分にキレイに見えるんだけど」

 いたってマジメな調子にて、そう言った水色オオカミ。
 ルクはこの数日、行動を共にして間近でクルセラと接して感じたままのことを正直に口にする。
 そんなルクの顔をまじまじと見つめるニャモ。
 彼女から「ひょっとしてルクさんってば、すんごい女たらしだったりする?」と言われて、さらに首をかしげることになるルクなのでした。


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