水色オオカミのルク

月芝

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266 狂宴のあと

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「ワオーン」

 万感の想いをこめて高らかに吠えた水色オオカミ。
 耳にした者の胸をぐっと熱くする、それでいて澄んだ歌声のような雄叫びが、うつくしき旋律となって黒の世界の闇を駆け抜ける。
 北の極界へと足を運び、じかにその惨状を目にし、当事者である咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユから話を聞かされたことによって、ルクの脳裏に浮かぶイメージはより鮮明かつ強固となる。
 放たれたルクのチカラがオオカミの形となって疾走。
 何頭ものオオカミたちが地を駆け、空を征き、彼らが突き進むほどに白銀の魔女王レクトラムの心象風景を塗り替えていく。
 それはルクの毛並みのように、冬の日のよく晴れた空のような青さを内に含んだ白。
 黒の大地が白い氷の大地に、黒い空が青白く澄んだ氷の空に、空と地をつなぐ境界にゆらめいていた燐光すらもが、カチンと固まり樹氷のようになってしまう。
 世界そのものが凍りついてゆく。
 ありえない現象をまえにして、レクトラムが「ひぃ」と悲鳴をあげました。
 これまで呪法によって他者の意志をねじ曲げ、ココロを浸蝕し、都合のいいように染めあげてきた魔女王。
 自分の世界にとり込んで、まるで口の中でアメ玉をねぶるかのようにして、ゆっくりとトロかして己のモノとする算段であったのに、よもやの水色オオカミの逆襲。しかも想像をはるかに超える強いチカラ。
 ここはレクトラムのココロが造り出した場所。
 そこをいじくりまわされるのは、これまで彼女が散々にしてきた悪行に匹敵する行為。
 我が身に返ってきた報いに、レクトラムのココロがおびえてふるえる。たまらず「ヤメろ」と叫ぶも、ルクの雄叫びが止まることはない。
 必死になって抵抗をしめすレクトラムのココロ。
 闇より、より濃いドロのような闇がにじみ出ては迫る氷の波とぶつかるも、いっときの拮抗ののちに押し流され、のみ込まれてしまう。
 自分の欲を満たすためだけにふるわれるチカラ。
 自分のためだけじゃなくて、これまでに出会った多くの者たちの想いをも引き継いだチカラ。
 あらゆる虚飾も、気負いも、怒りも憎しみも、一切がとり払われて、最後の最後に残った芯の部分。
 すべての生命が持つかがやき。
 これを大事に大事に育ててきたルクと、ないがしろにしてきたレクトラム。
 ルクは一人であって一人じゃない。
 いかに周囲に大勢の下僕を従えようとも、ずっと孤高をつらぬいてきたレクトラムに勝ち目はありませんでした。

 断末魔のような悲鳴ののちに、世界は静寂につつまれる。
 一面が青と白に満ちた光景。
 ルクの極界。そこに囚われたのはレクトラムのココロ。
 そしてルクのチカラによって造りだされた氷には、魔力を散らす効果がある。
 地下の古時計をこわされたことによって、動き出したレクトラムの時間。
 無限にあふれる魔力の泉はとうに枯れており、外部からの供給が止まったところにきて、ココロをも凍結されてしまい、ついには己の内部から発生させる路も絶たれた。
 ピシリと音が鳴った。
 そこかしこに亀裂が走り、ガラガラと崩れてゆく精神世界。
 氷原に立つ水色オオカミはそっと目をつむる。
 レクトラムのココロがこわれていく音にしばし耳を傾ける。
 かなしくて胸が締めつけられる……、なんてさみしい音なのでしょうか。
 やがてゆっくりとまぶたをあげたとき、茜色の瞳に映っていたのは現実の世界でした。

 刻を止めることで、外部からのいかなる干渉をも受け付けなかった白銀の魔女王。
 それが破られたとき。
 おそるべき反動が待っていました。
 強いチカラを行使するということは、おおいなる危険をともなうということ。
 ましてや呪法ともなれば、その影響ははかり知れない。なのにこれまで彼女が無事でいられたのは、すべて刻を止める魔道具の古時計のおかげ。
 しかし己を守るべき盾はもうない。城門は完全に開かれた。
 そこに殺到したのはこれまで行き場がなく、消えることもなく、彷徨うだけであった呪法の代償と呼べる負の存在たち。
 ルクの茜色の瞳には、数多の亡者のような影たちがレクトラムの身に群がる姿が、ありありと映っていました。
 目を背けたくなるようなあさましい狂宴。
 あとに残っていたのは、すっかり変わり果てた姿となった白銀の魔女王レクトラム。
 地の国中の賛美を一身に集めていたかのような美貌は、跡形もなく消えてしまっており、あるのはやせこけた老婆の姿。
 そればかりか蒼穹の青さをたたえていた瞳までもが白濁し光を失ったようで、枯れ枝のような手が宙をかいては「あぁ、あぁ」と言葉にならないうめき声をあげている。
 そんな彼女の様子を見て、ルクはようやくこの戦いに決着がついたことを理解しました。

 と、ほっとしたのも束の間。
 青天井よりあらわれたのは、全身血だらけのひどいケガをした大ツバメ。
 警戒する水色オオカミにはかまわず、室内に降り立った彼は傷だらけのツバサにて、老婆をそっと包み込む。

「おぉ、コークス、コークスよぉ」

 まるで幼子が母親にすがりつき甘えるかのような仕草を見せる盲いた女主人。
 これを迎えるコークスの左目には敬愛の情があふれている。

「はいはいレクトラムさま。コークスめはずっと貴方さまのお側におりますから、どうぞご安心を」

 そう言ってなぐさめるコークス。
 手中の珠のごとくレクトラムを大切に懐に抱いたまま、大ツバメは空へ。
 ゆっくりと遠ざかっていく主従を、ルクは静かに見送りました。


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