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263 千手
しおりを挟むかなしみを越えて涙をぬぐったあとに見せたのは、固い決意を秘めた男の横顔。
それをまえにして二の句をつなげなかったガァルディア。ルクの願いを承諾。野ウサギの兄妹たちを連れて先に城を出ることにしました。
「あまりムリをするでないぞ」
「こっちはうまくやるから心配しないで」
「ぜったい負けんなよ! オレたちの分もたのんだぞ」
「助けにきてくれてありがとう。どうかご無事で」
みんなから激励をもらい、「まかせておいて」とにっこり微笑んだルク。
玉座の間から出て行く彼らの後ろ姿を見送る。
白銀の魔女王はそんなルクたちのやりとりを、だたぼんやりと眺めているばかり。
なにせ彼女が欲しいのは、冬の日のよく晴れた空のような毛をした水色オオカミ、ただ一頭。その他は心底どうでもよかったから。
むしろ視界の中から邪魔者がいなくなって、清々したぐらいであったのです。
すっかり静かになった玉座の間。
突然、レクトラムがくつくつと笑いだす。
何ごとかとルクが怪訝そうな顔をしていると、魔女王は言いました。
「ククク、これは愉快だ。ここにきて一段と毛艶がましたな。水色オオカミはココロの影響を濃く受けるという。じわじわと追い詰めて、弱らせてから確実に手に入れようとおもっていたが、それはあやまちであった。水色オオカミを最上の状態で手に入れるには、そのココロがもっとも強いかがやきを放っているときにこそ、屈服させる必要があったのだ。あやうくまた失敗するところであったわ。礼を申すぞ、ルクよ」
また失敗するところだった?
はじめはその言葉の意味がわからなかったのですが、すぐに黒まだらオオカミのガロンのことだと気がつき、ルクは全身の毛を逆立てました。
あれほど翡翠(ひすい)のオオカミのラナを苦しめ、最愛の者同士を引き離したことを、ただの失敗だと断じた魔女王に対して、ルクはおおいに怒りを覚えたのです。
ですがそんな水色オオカミの猛る姿すらもが、レクトラムをよろこばせるばかり。
「いいぞ、いいぞ、感情が高ぶるほどに、さらに毛艶がましたわ。ココロにカラダが反応しておるのだ。もっとだ、もっとわらわを憎むがよい。さすれば、よりいっそうのかがやきをまとい、その身はうつくしくなることであろう。あぁ、やはりわらわの目に狂いはなかった」
蒼穹の瞳にあらわれたのは喜色。目尻はさがり、口の両端がやや持ちあがる。
それは深窓の姫君が浮かべるような、とても控えめな笑み。
だというのに、これほど他者を不快にさせる微笑みがあろうとは……。
神経を逆なでされて、ついにガマンの限界を超えたルク。
雄叫びをあげて、チカラを放つ。
出現した氷の柱が、レクトラムへと突き出される。
しかしレクトラムがかざした手に触れたとたんに、はしから粒子となって消えてしまいました。見ればその手には淡い光のベールのようなものがまとわりついている。
あっさりとかき消されてビックリしたものの、ルクはあせることなく冷静に見極めます。
おそらくはレクトラムの魔法なのでしょう。たしかにおそるべき能力です。でも手は二本しかありません。つまり同時に防げるのもまた二つ。ならば手数で圧倒すればいいだけのこと。
今度は一度に三柱が出現して、左右と正面、三方面からの同時攻撃を展開。
が、ここでおどろくべきことが起こりました。
両手で二柱をしのいだレクトラム。無防備となった胸元へ迫る残りの柱を防いでみせたのは第三の手。
そればかりか魔女王の背後の空間がぼやけて歪み、中からたくさんの腕がぞろりと姿をあらわしたものですから、ルクはギョッと目を見張ることに。
細くしなやかな女の腕、筋肉が盛り上がったたくましい男の腕、シワだらけにてほぼ枯れ枝のような年寄りの腕もあれば、小さなモノは子どもの腕でしょうか。腕は長さも太さも不揃いにつき、なかにはムシの足のように関節が二つも三つもある形のものまで混じっています。その手のすべてに薄光のベールがにじんでいる。
なまじレクトラムの見目が整っている分だけ、周囲に浮かぶ異形の存在が際立つ。光と陰影を引きつれることで、その白さが不自然なほどに浮き上がり、うつくしさに凄惨さが加わって、不気味に映る。
「どうした? えんりょはいらぬぞ。もっとたぎる想いをぶつけてくるがよい。そのすべてを受けとめて、叩いて砕き、ねじ伏せてやろうぞ」
何百どころか、ひょっとした千にさえ届くかもしれない数の腕がうごめき、中心であいかわらず不快な笑みを浮かべているレクトラム。
怯みそうになるココロを鼓舞してルクが吼える。
それを合図にして次々とくり出されたのは氷の棒。
柱よりも細いけれでも、重量はかわらず、圧縮されたがゆえに強度は柱とは比べものにならないほどの固さ。槍の穂先のように尖ってこそはいませんが、平らな先端をまともに受ければ、肉がひしゃげて骨が砕けるほどもの威力を持つ。
これを迎え撃つはレクトラムの腕たち。
向かい合う白銀の魔女王と水色オオカミ。
その中央にて光る手と氷の棒がはげしくぶつかり合う。
一腕一撃にて、たやすく棒を光の粒子にかえていく。
だがそれでもルクは止まらない。砕かれ、消されたはしから、間髪いれずにつづけて放たれる氷の棒。
圧倒的な物量を武器に、執拗なまでにくり返される攻撃。
それを徹底的に破壊しまくるレクトラムの腕。
気づけば周囲の空間には、砕けた氷のカケラや粒が充満しており、光とあいまってキラキラかがやき、まるで朝焼けの雪原にあらわれるダイヤモンドダストのよう。
宙を軽やかに舞う細氷の姿に「ほぅ」と感心した声をもらしたのはレクトラム。
ですがそのときルクの茜色の瞳がにらんでいたのは、次なる一手。
ルクとて考えなしに、ただやみくもに攻撃を仕掛けていたわけではなかったのです。いまのこの状況こそが、彼のほんとうの狙いであったのです。
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