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255 止まったままの大時計
しおりを挟む紫眼のミラ、渾身のカミナリの魔法が炸裂。
かつてない濃度にまで集積された破壊のチカラがいっきにはじけて、中心にいたからくり人形をまき込んではげしく爆発。
雷撃と爆破によってもたらされた白煙と静寂の空間にて、ひとり佇む女。
本性の赤い大蛇の姿ではなくて人の身になっていたのは、とっさに我が身を庇うため。もしもおおきなカラダのままだと、自分で仕掛けた攻撃の巻き添えをモロに喰らうことになっていたから。彼女は敵に必殺の一撃を放った直後に変化し、自身を守るイカヅチの盾を造って、これに潜り込んでいたのです。
「はぁ、はぁ、やったか」
蒼い盾が砕けるようにしてかき消え、ミラは立ち上がる。
も、その身がぐらりとゆれて、あやうく片ヒザをつきそうに。これをとっさに踏ん張ってこらえる。
いくつもの魔法の同時発動。全力全開の一撃を放ったおかげで、体内の魔力はほとんど底をついており、正直、立っているのもつらい状況。それでも気を抜かずに紫の双眸をまえに向ける。
やがて煙がうすれてゆき、黒コゲになったからくり人形の姿が見えてきました。
巨大なオノはどこにも見当たらず、おそらくは壊れてしまったか、どこぞに飛んでいったか。
白煙の中、遠目には人形のカラダは焼け焦げてしまったように映る。
ですが、その頭部に目をやったとたんに、ミラの背を冷や汗が伝いました。
「髪の毛がちっとも燃えてない……、だと」
肩の付近で切り揃えられた黒髪が健在。ふつうならば高温をともなう圧倒的なチカラを受ければ、まっさきに燃え尽きてしまいそうなものなのに。
内心にてふくれあがる、とってもイヤな予感にミラが押しつぶされようとしているとき、ピクリと動いたのは倒れているからくり人形の指先。
ほんのわずかながらも、それは確かに動いた。
これを目にしてミラは即座に行動を起こしました。
くるりとガァルディアに背を向けて、残った体力をふりしぼってヨロヨロ走りはじめる。
ここにきてミラは逃走という選択をとったのです。
彼女としましてはすでに義理は果たした。これ以上はとてもつきあいきれない! といった心境。
ときおり壁に手をつきながらも、その足が向かうのは自室。いそいで自慢の宝石コレクションをかき集めて退避しなければといった考えで、すでに頭がいっぱい。
今後の展開を予想すると、これしかないとミラはおもっています。
なにせ人形一体でこの強さ、表にはドラゴンとグリフォンたち、内部には他にも水色オオカミが二頭もいる。さすがに白銀の魔女王さまが負ける姿は想像ができないものの、かといってとても無事ですむとはおもえない。きっとはげしい戦いになる。かつてない激震にこの城は見舞われることになるでしょう。
そんな場所に居残るだなんて、じょうだんではありません。
だからミラは自分のお宝を持って、とっとと逃げ出すことにしたのです。
広間にあった十二本の通路のうちの一本に赤髪の女の姿が消えて、しばらくしてからムクリと起き上がったガァルディア。
そのひょうしにパラパラとカラダの表面からはがれ落ちたのは、すっかり焦げてボロボロとなっていた衣服。
あらわとなった人形の裸体は、おどろくべきことに傷ひとつついていません。
彼女が倒れていたのは、衝撃によって本体との通信が一時的に途絶されてしまっていたから。ですがそれもとっくに復旧済み。
「うん? あの赤髪の女、私を倒したと早合点して去ったのか。まぁ、あれだけのチカラをふるったのならばかなり消耗しておるから、放っておいても問題はなかろう。それよりも問題はこちらだ。まいったな……、服がすっかりダメになってしまったぞ。こんな格好でティーを迎えにいったら、きっと怒られてしまう。どこぞでかわりのモノを手に入れないと」
ポリポリと頭をかいたガァルディアが、とりあえず先へと向かったみんなのあとを追いかけつつ、服のかわりになりそうな布を探していたころ。
ルクたちの姿は何故だか地下階にありました。
ティーの居場所を指し示す懐中時計を片手に、先をいそいでいたのですが、わかるのは方角とだいたいの位置のみ。
それに従って城内を進むも、内部はとても広く、道や階段もたくさんあって、その都度立ち止まって野ウサギ三兄妹の長兄のフィオが慎重に選ぶべき道を吟味していたら、これにジレた次兄のタピカ。兄から懐中時計をひったくって、「こっちだ!」と駆け出してしまいました。
後先を考えることもなく、信号の点滅する方角に一直線。
階段の上りや下りもおかまいなし。
で、その結果がコレです。
ティーの腕輪が発する信号には近づいているのですが、どうやら階層がちがうみたい。
地下といってもかなりひらけた場所。まる天井の広い空間。
その中央にてポツンと置かれてあるのは、針が止まった大きなのっぽの古時計。
「なんだってこんなところに時計が……、それに止まってるぞコレ。こわれてるのかな?」
そう言ったのは頭にたんこぶをこさせたタピカ。
勝手をしたあげくに、こんな見当ちがいなところに、みんなを引っ張り込んだことをフィオから怒られて、ポカリとげんこつをもらったせいです。
それにしてもあきらかに怪しい古時計。
ルクがもっと近づいて、よく調べてみようとした矢先、「下がれ!」と声をあげたのは翡翠(ひすい)のオオカミのラナ。
あわてて飛びさがったルク。
とたんに古時計の影の中からするりと音もなく浮かび上がってきたのは、黒まだらオオカミのガロンでした。
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