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242 虜
しおりを挟む眼帯に隠されていない左の眼にて、まっすぐにこちらを見つめながら、「この森がたいへんなことになる」と言ったコークス。
これはオドシだと、小さな野ウサギのティーにもすぐにわかりました。
そしてもしも彼らの招きに自分が応じなければ、大切な森と森の仲間たちがヒドイ目にあうということも、イヤと言うほどおもい知りました。
説得? 勧誘? とんでもありません。最初から結果は決まっていたのです。こうなることがあらかじめ用意されており、あえてそれをまざまざと見せつける。
なんて卑劣なやり口なのでしょうか。こんな相手にはぜったいに屈したくない。ティーはそれを強く想いました。だけれどもそれと同じぐらい、いいえ、それよりもグンと大きく想わずにはいられないのは、みんなのこと。
どちらが大切かなんて比べるまでもありません。
「わかった……、わたしがついて行けばいいんだよね」
ティーは観念しました。
そんな野ウサギの子の姿に満足そうにうなづくコークス。
たとえおどされたとはいえ、自分で決めたこと。
それは自分で考えているよりも、ずっと強く重い意味を持ちます。
マジメで誠実な者ほど、己の口から発した言葉に責任を感じ、それに縛られることになる。
約束とはココロとココロをつなぐステキな架け橋であるのと同時に、本来ならば自由であるはずのココロを縛る強固な枷ともなるのです。
自らコークスのもとへと歩き出したティー。
その腕をつかんだのはアライグマのエスタロッサ。
「ダメよ。行っちゃダメ」
泣き出しそうな顔の友だちに、ティーはニコリと笑みをかえす。
すがるエスタロッサの手に自身の手をかさねて、しばし温もりを共有してから、彼女の手をそっとやさしく払いました。
「わたしならだいじょうぶだから。それよりもあとのことをお願いね。けっこう散らかしちゃったから、お片づけがたいへんよ」
もう自分では止められないと、泣き崩れるエスタロッサ。
長兄のフィオと次兄のタピカもティーを行かせまいと説得を試みましたが、「みんなを守るためにはコレしかないの」との妹の固い決意をまえに、血が出るほどに拳を握りしめて、くやし涙をにじませる。
いつしかミラとガァルディアの戦いも止まっていました。
この場に居合わせたみんなが小さな野ウサギの動向へと注目している。
静々と歩き、ガァルディアの横を通り抜けるティー。
「かならず助けに行く。だからムチャをせずにおとなしく待っておれ」
すれ違った際に、すぐそばにいる者にしか聞き取れないほどの小声でささやかれた力強い言葉。
ティーはコクンとうなづいてみせました。その腕には誕生日にみんなから贈られた赤い石のついた腕輪があります。
ティーはこれに勇気をもらいつつ、胸をはって歩いて行く。
コークスとミラに両側を挟まれた格好になるティー。
いつの間にか、そばには一頭の黒いオオカミの姿も。
彼らの足下の影が暗さをまし、漆黒の水たまりのようなモノが出現。
その中にズブズブと沈んでいく。
やがてすべてがのみ込まれると、水たまりのような影はみるみる縮んでいき、ついには点となって最後には消えてしまいました。
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