水色オオカミのルク

月芝

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236 御使いの勇者の使命

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 北の極界、そこでいちばん高くそびえる氷山は、サンの慰霊碑。
 日ごと夜ごとに吹く冷たい風は、ソレイユのなげき。
 地のすべてをおおう氷は、魂さえも凍りつかせて離さない永遠の牢獄。
 山の向こうにあるのは氷壁。
 そしてその先には、もう、何もない。
 世界の終わり、世界の果て……。
 文字通りの意味にて、空も大地も何もかもがそこでプツンと途切れており、無限の闇が広がるばかり。

 自分の身の上話を終えた咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユ。
 あまりのすさまじさに言葉もでないルクに、彼は言いました。

「ルクは天の国の御使いの勇者の旅、その旅路の果てについてはどこまで知っている? 固定化については?」

 フルフルと首をふった水色オオカミの子ども。
 そんな態度にソレイユは「そうか」とつぶやく。

「旅の目的が自分の居場所をみつけることなのは、わかるな」

 これにはルクもコクンとうなづきます。

「固定化とは、その居場所にて水色オオカミのチカラを解き放ち、精霊となって同化し、その大地を確定することなのだ」
「どうか……、かくてい?」

 いまいちよくわからない単語にルクは首をかしげます。
 そんな子どもにもわかりやすいように、ソレイユは言葉を選んで、ていねいに説明してくれました。
 この世界は六人の女神さまたちが、パチパチと好き勝手にタイルをはめ込んだ集合体のようなもの。
 あくまではめ込まれただけなので、いささか不安定なところがままあります。
 それをキチンと張りつけて、くっつけることを固定化といい、水色オオカミはいわば糊(のり)のような役割を持つ存在。
 ソレイユも本来であれば、聖女として成長したサンとともに各地をめぐり、最期を看取ったのちに、彼女の眠るそばにて寄り添いチカラを開放して精霊化されるハズであったのです。
 それを半身とも呼べる存在を無残にうばわれ、想いを踏みにじられて、絶望のあまり暴走してしまった結果が、この北の極界。
 なお精霊と化してしまったら、天の国と地の国の理から外れた、第三の存在となってしまいます。
 こうなるとほとんどの者たちは、見ることも声を聞くことも触れることもできなくなってしまうんだとか。

 水色オオカミのチカラはとても強い。
 それこそ、ときには世界のあり様を一変させてしまうほどに。
 だからこそ、その存在意義を、その危険性を学ばせるために、ドラゴンのウィジャさんがこの地を見ておくべきだと、自分に言ったことをルクはよくよく理解しました。
 この話を教わっておもい出されたのは、これまでに出会った同胞たちのこと。
 霧のオオカミのハクサ。
 彼は古代バロニア王国の一帯にて精霊化。
 霧のカラダであるがゆえに、モノに触れられないのかとおもっていたのですが、どうやらちがっていたようです。
 神像ガァルディアや地底湖の巨大キルコスらに見えていたのは、彼らが特別な存在だから。
 幻焔のオオカミのキオ。
 弓の街のある火の山にいた彼女も、実体をともなわないふしぎな存在でした。噴火を止められないと言っていたのは、きっと地の国の自然の理にあまり干渉してはいけないから。
 でも翡翠(ひすい)のオオカミのラナと黒まだらオオカミのガロンは、どうなるのでしょう。ひょっとしたら咎鎖のオオカミのソレイユみたいに暴走する危険はないのでしょうか?
 そんなことになったらラナがたいへんです。
 師匠のことが心配になったルクは、かいつまんで彼女の事情をソレイユに説明しました。
 相談を受けてしばし考えこんだのちに彼は「その者らはだいじょうぶであろう」と言いました。
 ラナとガロンはお互いを自分の居場所と定めこそしましたが、そこで使命を放棄するという選択をしたことにより、精霊化への道は閉ざされました。
 そして地の国の住人となったあとに、半身から引き離されたがゆえに、暴走することもなく世界にとって最悪の事態は免れたとのこと。
 安心していいと言われて、ルクは安堵しつつもちょっと複雑そうな顔を見せました。
 だって彼女の現在の状況を知るかぎり、とてもよかったとはおもえませんので。
 ふと、脳裏にうかんだのは、かつて師であるラナに言われた言葉。

「いずれ必ず選択を迫られるときがくる」

 そのとき自分は何を選び、何を捨てるのでしょうか。
 選択の先に、たとえどのような結果が待ち受けようとも、ドンと受け止められるだけの自信はまだまだありません。でもこれまで支えてくれたみんなのためにも、せいいっぱい足掻いてみようと、密かに決意をあらたにするルク。
 その決意に呼応するかのように、彼の茜色の瞳の色味が強まりました。
 と、視界のすみにチリリと走る違和感。
 竜の谷にて手に入れたチカラが急に発動したのです。
 様子がかわったことに怪訝そうな顔をする咎鎖(とがさ)のオオカミを放っておいて、感覚に導かれるままに、周囲をキョロキョロと探っていたルクの動きが、ぴたりととまったのは、少し先の地面。
 近寄り、雪を掘ると、すぐに氷の壁が出現。ここはそういう土地なので、どこを掘っても同じようなもの。
 そんなことはとってくにわかっているというのに、ルクはその壁の奥をのぞき込むかのようにして、じぃーっと目を凝らす。
 そしてずっと奥底にて、なにやらぼんやりと光るモノをみつけました。


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