水色オオカミのルク

月芝

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229 腐った果実

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 安定した気候、豊かな緑、海峡に隔てられた飛び地であるがゆえに、外敵から攻められることもほどんどない。
 そんな北の地を支配していたのは、アルカディオン帝国というヒトの国。
 帝国は永遠楽土と呼ばれるほどに、栄華を極める。
 だが長い平穏の裏で、たわわに実った果実はゆっくりと腐っていく。
 歴史をつみ重ねていくうちに、身分差別が横行し、貴族至上主義が台頭。
 体制が確立され、ヒマをもてあました貴族たちは自領の運営よりも、中央での派閥争いや権力のイス取りゲームにばかり熱中するように。
 ヒニクにも長らくつづいた平和が、飢えを知らぬ恵み多き大地が、尽きることのないほどの富が、国のありようを歪めてしまったのです。

 天へと向かい競い合うかのようにしてそそり立つ数多の塔。
 気まぐれにて増改築がくりかえされる建物たち。
 攻めかける者とていないというのに、予算を消費するためだけに伸びていく城壁。
 まるでブクブクと肥大化するように、縦へ横へ上へと広がりつづけていたのはアルカディオンの帝都。
 百万を超える民を抱えたこの地は、たとえ夜中であろうとも明かりが途絶えることはない。
 それゆえに煌都(こうと)とも呼ばれています。
 中央にて、周囲を圧倒し、睥睨(へいげい)するかのようにして存在していたのは、帝国にていちばんの高貴な一族が住まう城。

 城内にいくつもある雅な庭の一つに、黄金の宮と呼ばれる場所がありました。
 そこにある木々はすべてがまばゆい金にて、枝には色とりどりの宝石の実がなっている。
 女神の姿をかたどった金の像のある噴水を流れる水さえもが、キラキラとかがやいている。
 もちろんこれらはすべて職人たちの細工によるもの。
 アルカディオンの支配者階級では、黄金色は高貴な色とする風潮があり、王族たちほどそれがより強かったのです。
 ゆえにここは少しばかり特別な場所。使用できる者はかぎられています。
 そんな場所にて開かれていたのは、贅のかぎりをつくされた夜会。
 テーブルには料理人たちが腕によりをかけた山海の珍味がならび、食べきるのにいったいどれほどの人数がいるのかわからないほど大きなケーキや、赤いワインを吐き出し続けるふしぎな泉があるというのに、そんなモノは見飽きたとばかりにまるで見向きもしない人々。
 華々しいドレスを身にまとった貴婦人らが裾をヒラリとひるがえしては美を競い、まるで蜜を求めるチョウのごとくそれに群がる男たち。
 その中でもひときわ咲き誇っていたのは、金の髪に金の瞳をした十代半ばの美姫。
 デアドラ・アルカディオンという名前の彼女は、王族の中でも偏執的なまでに美を追求した者たちの最高傑作と言われる存在。
 おカネと時間を持て余した先人らは、自分たちの血脈をより理想とする造形に近づけるためだけに、何世代にも渡って金の髪や金の瞳を持つ者らを求めては、取り込んでいくことで、それを成そうとしました。
 相手の身分が低すぎて、その血統が意にそぐわない場合には、わざわざそれらを集めて具合のよさそうな者同士を組み合わせて夫婦とし、貴族籍を与え、子を産ませる。
 それをくり返し、歴史と血統と見た目を兼ね備えさせたのちに、最終的にコレを取り込む。
 まるで競走馬を育てるかのようなやり方にて、見栄えのいい人間を造りあげる。
 その結実がデアドラでした。

 見目麗しい男女らからチヤホヤされることに、いささかうんでいたデアドラ。
 もの憂げに長い金の髪をかきあげたとき、あらわとなったのは耳とうなじ。
 新雪のごときその白さに周囲が息をのみ、切なげな吐息をこぼしたのにまじって、彼女の耳に聞こえてきたのは、冴えない容姿をした小太りの男のいささか興奮した声。貴族といえども末席すぎて名前も顔もまるで覚えのない相手。
 彼女の視線に気がついた側仕えの者が、あれは辺境の一領主だとささやく。
 そんな男がまわりにいる連中に熱心に話していたのは、自分の領内にあらわれた聖女と黄金のオオカミのこと。
 聖女だの勇者だのという話は、ときおり世にてわいてくる。
 ニセモノばかりにつき、あれは雑草みたいなもの。いくらこまめに片づけていても、いつのまにやらひょっこりと姿をあらわす。
 弱き者ほどそいういう幻想にすがりつく。ゆえに民草がいるかぎりは消えることもないのであろう。
 それに放っておいても教会がかってに処分してくれるので気にとめる価値もない。
 ですが……。

「黄金のオオカミ……、ほんとうなのかしら?」

 この国の、それも王族にとっては金色は特別な意味を持つ。
 興味を惹いたデアドラは側仕えの者に命じて、領主の男を自分のところに呼びつけました。
 帝国でも屈指の美姫からのお声がかり。
 じかに言葉を交わす栄誉に舞いあがった彼は請われるままに、身ぶり手ぶりを交えつつ、嬉々として話をしました。
 それがどういう事態を招くのかを、深く考えることもなく。


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