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228 聖女伝
しおりを挟む「おまえが聖女の名を騙る不届き者か?」
馬上から問うたのは、立派な身なりをした小太りの男性。お供もたくさん連れています。
そんな人物からいきなり声をかけられたサン。
はて? と首をかしげました。
なにせ周囲がかってに聖女だなんぞと持ち上げているだけで、自分ではまったくそんなつもりがなかったからです。それに彼女の中では、がんばってくれているのはソレイユであって、自分ではないとおもっていましたので。
黄金の水色オオカミの姿は、いまは彼女のそばにありません。
教会の中庭にある陽だまりにて気持ち良さげにウトウトしていたので、そのまま休ませておくことにしたのです。
サンは一人きりで村の近くにある花畑に来ていたところを、手勢にかこまれてしまいました。
えらそうなオジさんから、ふたたびたずねられて「たぶん」と自信なさげに答えたら、いきなり兵士にうしろから腕をつかまれてしまいました。
おどろいたサンが「キャッ」と短い悲鳴をあげる。
次のしゅんかん、一陣の風が吹き、一帯に花びらが舞いました。
あらわれたのは黄金の水色オオカミ。
全身の毛が焔のごとくゆらめき、牙をむきだしにして、怒りもあらわ。
「そのうす汚い手をすぐに放せ」
有無も言わせぬ迫力にて、あわてて手を離した兵士はその場で尻もちをついてしまう。
いえ、正しくは逃げ出すことがかなわなかったのです。まるで両足が地面にぬいつけられたかのよう。見れば重たい氷の枷をはめられており一歩も動けやしない。それだけではなく、そこから体温がうばわれて、みるみるカラダが凍えていく。
他の兵士たちも同様です。みな拘束されています。顔は真っ青となりふるえて、寒さのあまりカチカチと歯を鳴らしておりました。
ソレイユの発した怒気に当てられて、ウマは悲鳴をあげて立ち上る。
そのひょうしに背から勢いよく放り出された小太りの男。受け身もろくにとれずに背中から地面にドスンと落ちました。
痛みのせいか、おそれのせいかはわかりませんが、まるで水面に顔を出した魚のようにパクパクと口を動かすも、まんぞくに声を発することができません。
「キサマは何者か! いかなる理由にてサンにちょっかいを出す? 返答次第ではただではすまさんぞっ」
カミナリのようなソレイユの怒号をあびて、おびえて縮こまった男。「ひぃえぇー」みっともない声をあげ、地面に平伏して固まってしまいました。
彼はこの北の地を支配するアルカディオン帝国の貴族の末席にて、この一帯を治める領主。地元そっちのけで中央にて上役へのゴマすりに精を出していたのですが、久しぶりにもどってみれば、何やら評判になっている娘がいるという。
領主たる自分を差しおいて、聖女なんぞと名乗り、民からの支持を集めるなんて言語道断。ゆえに自ら出向き、これを処断して乱れた人心を正してやろうと考えたんだとか。
山の民からの切実な訴えには耳もかさなかったくせに、自分のこととなるとすぐに動くだけでも呆れる話。しかもサンをどうにかするつもりだったと聞いて、ソレイユがさらに怒ったのは言うまでもありません。
黄金色の毛がいっそうのかがやきを放ち、地に降りた太陽のよう。
そのまぶしさが、ソレイユの怒りをあらわしており、これをまえにして男たちはまるで生きた心地がしません。ブルブルとふるえるばかり。
なんども地に額をこすりつけて、己が浅慮を恥じ、ひたすらあやまる領主。
大人たちのそんな情けない姿を見て、気の毒におもったサン。
ソレイユに「もう、そのへんで許してあげて」ととりなす。
彼女にお願いされたとたんに、するりと矛をおさめた水色オオカミ。
命を救われた形になる領主やお供の連中は、これにたいそうおどろき、そして深く感心しました。
屈強な男たちがなすすべもないような黄金の水色オオカミをたやすく御するだけでなく、自分に危害を及ぼそうとした相手にまで慈悲をかける。
ソレイユが発する後光を受けた幼女の姿が、涙でにじんだ彼らの目には聖女として映る。なかには感極まって泣き出す者まで。
そのしゅんかん、サンは領主公認の聖女となってしまいました。
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