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203 始祖の頼み
しおりを挟むペームトの街についてどうおもうかとたずねられたルクは、感じたままの不安を口にしました。
するとエリオットさんはその意見を素直に認めました。
「一方が一方を支えるばかりの関係。しかも支えられている側がまるで自覚していない。その危うさをルク殿は心配しておられるのでしょう」
「うん。寄生とはちがうし、献身というのに近い気もするけど、なんだかソレともちがうようだし」
「そうですね。私たち人形は、人間がスキだから勝手に彼らの世話を焼いているだけです。漆黒の石版のせいで人間たちがそれに疑問を抱くことすらありません。いささか言葉はわるいのですが、支配や管理といった関係なのかもしれません」
支配、それはすべてをとりしきること。
管理、それは責任をもってめんどうを見ること。
どちらも自尊心がムダに高いヒトには嫌悪感や反発をまねくモノ。
だれだって首に縄をつけられたり、手足をクサリでつながれていたら、ちっとも楽しくありません。
だけれどもここではそのおかげで、すべてがうまく回っている。
もしもこの良好な関係をこわすとすれば、それは人形たちではなくて、きっと人間たち。
街の真実を知ったとき、彼らがどのような行動に出るのか。
自由を求め立ち上がる?
とても魅惑的な意見です。まるで物語の登場人物になったかのような錯覚を覚え、胸が高鳴ります。ついつい勇みがちな若人ならば、すぐにでも飛びつきそう。
でも聞こえは良いのですが、その果てに待つのは秩序の崩壊による混乱。そして街の衰退と身の破滅でしょう。自分で自分を律せられ続けるほどに、ヒトのココロは強くありません。
なにより、いまも人間たちには充分すぎるほどに、自由が認められています。
快適な暮らしを得るために街の住人らが提供している対価は、夜の眠っている時間。
たったそれだけ、たったそれだけで飢えることも、寒空の下で凍えることも、他者に命が脅かされることも、明日の不安におびえることもなくてすむ。
人形と人間が共存する街? いいえ、きっとちがう。
人形が人間を支配する街? これも、ちがう。
人形が人間を庇護する街……、たぶんこれいちばん現状にしっくりとくる。
そうおもえたルク。
歪な関係、だけれどもそれが危ういばかりではないと、水色オオカミの子どもは認識をあらためました。
おもちゃの積み木ならば、下が適当だとグラグラして、じきにくずれてしまいますが、ここにはそれを必死に支えようとする、おおくの人形たちの腕がある。
それに必ずしも真っ直ぐにのびた木が丈夫だとはかぎらない。だって森の中で長い歳月を生き残りつづけた古老の木ほど、その身がおおきくウネっていたりするもの。
ペームトはきっとそれと同じ。
そのような考えへといたったルクに、エリオットさんがあるお願いを口にしました。
それは少し歪んでいるけれども、この街の形を守るためには、必要なこと。
街を守る、ひいてはココットやナルタ、それにリオーネさんたちや気のいい職人たちをも守ることにつながるので、ルクは快くその頼みを聞き入れることにします。
教会に祀られてある闇の女神さまの神像。
その両腕をいじっていたのは双子のおかっぱ頭の人形たち。
左右の腕の角度と、その指先が特定の姿勢をとるようにされたとき、ゴトリと重たい何かが動くような音が建物の外から聞こえてきました。
エリオットさんにうながされるままに向かったのは、この街で亡くなった人たちの名前が刻まれてある石碑のあるところ。
石碑が後方へとズレており、手前には地下へと続く階段が姿をあらわしていました。
先を行くエリオットさんの背についていくルク。双子の人形たちは来ないみたい。
長い階段を降りきった先にあったのは、細長い廊下。
ジメっとして、よどんだ空気の中を進むと、やがて二つに道が分かれていました。
その道を右へと進んでいくと、しばらくして開けた空間へと出ました。
街の地下にこんな場所があっただなんて!
ですがそれよりも、水色オオカミの子どもをおどろかせたのは、その壁面から天井、柱の表面なんぞをびっしりと埋め尽くしてるモノ。
それはすべてヒトの骨でした。
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