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197 ペームトの街
しおりを挟む夜の人形の森はとっても不気味。
そして朝の人形の森も、やっぱり不気味。
すくなくともココットとナルタの姉弟の目には、そのように映ったみたい。
なにせうす暗い森の中とはいえ、陽がのぼれば、そこそこ明るくなるもので、あちらこちらにてぶら下がっている人形たちが、よく見える。
ボロボロに傷ついた人形の姿は、幼子たちをおおいにおびえさせました。
彼らをはげましつつ、ゆっくりと並んで歩くルク。
いっそのこと自分が運ぼうかと提案したのですけれども、そこまでは甘えていられないと、姉のココットがきっぱりと断りました。
きっとお母さんを亡くしてから、いろいろとあったのでしょう。
甘い話にパクリと喰いつかないように、幼いながらにどこか警戒しているみたい。しっかり者のお姉ちゃんです。
だからもっと小さいがゆえに、ついつい止まりがちになるナルタの足が動かなくなったら、少しばかり背中を貸してあげるだけにとどめておきました。
森は奥へと進むほどに人形の数が増えていく。
「これってなんなんだろうねぇ」
周囲を見あげながらルクがつぶやくと、ペームトの街だけの習慣らしいということをココットが教えてくれました。
なんでも厄除けだか、願掛けだか、の意味があるらしいのですが、くわしいことまでは彼女も知らないそうです。
なんにしてもかなりかわった風習です。
あちこちを旅してきた水色オオカミの子どもは、興味深げにて吊るされてある人形たちを観察していましたが、あまり人形に馴染みのない男の子のナルタはとくにこわいらしく、ときおり風などに吹かれてカランコロンと音を立てる人形におどろいては、そのたびに姉やルクのカラダにしがみついていました。
それでもがんばった姉弟たち。だってこんな森で二晩も過ごしたくなんてありませんから。
けんめいに足を動かし、互いにはげましあって、ついに人形の森を抜けたのは夕暮れ前のこと。
焼けるような赤い空。
さわやかな風が吹く開放的な平野の姿に、ホッとするココットとナルタ。
にもかかわらず、彼らはまだ足を止めようとはしません。ふり返ることもなく、むしろこれまで以上にズンズンと進んでいく。
目的地がいよいよ迫ってきたから気が急いているというよりも、どうやら姉弟たちは、少しでもあの森から離れたいみたいです。
ずっと気丈にふるまっていたお姉ちゃんも、やっぱりこわかったみたい。
しっかりしているように見えて、年相応の顔ものぞかせるココット。そんな幼女の姿にほっこりとさせられるルク。
人形の森をようやく抜けて、ホッとしたのもつかの間。
背後の暗闇よりのびてきたのは人形たちの腕。
ボロボロに傷ついた無数の手がぬぅっとのびてきて、欠けたり足りなくなっている指にカラダをつかまれたかとおもったら、ズルズルと森へと引きずり込まれてしまう。
幼い姉弟と水色オオカミは、そのまま人形たちがうごめく深い闇の底へと……。
ハッとしてまぶたを開けたら、すでに朝陽がのぼっておりました。
自分を枕にし、やすらかな寝息をたてている幼い姉弟を見て、安堵する水色オオカミ。
昨夜は森を抜けてしばらく進んだ先にて、野営をしていたのですけれども、どうやらふしぎな場所に立ち寄ったせいか、ヘンテコな夢をみてしまったようです。
これではとても子どもたちを笑えません。
自分もまだまだだなぁ、と反省しきりのルクなのでした。
道の両脇にはずっと向こうにまで続く黄金色の麦畑。
泳いでいる小魚たちの姿がよくみえる、澄んだ水が流れる小川。
その上をまたいでいるかわいらしい石橋をこえると、正面に姿をあらわしたのはペームトの街。
あまり高くはない外壁と堀に囲まれている街の中には、とんがり帽子の赤い屋根が連なり、遠目に見える頭二つほど飛び出た建物は教会か役所でしょうか。
目的地をまえにして、感無量な幼い姉弟たち。
ですがルクには少しばかり気がかりなことが。
それはこのまま行って、はたしてふつうに街へと入れてもらえるのかということ。
場所によっては出入りが厳しく制限されているところもあります。ときにはおカネが必要になることもあります。門番の人に事情を話して、ゆるしてもらえたらいいのですけれども。
でもそんな心配は取り越し苦労だったみたい。
麦畑で農作業をしていた若い女性の一人が、水色オオカミと幼い二人の子どもたちの姿を見かけて、声をかけてきたからです。
「こんにちわ。ずいぶんかわった毛のワンちゃんだねえ」
どうやらイヌとかんちがいされたみたい。
これは好都合だと、ここぞとばかりに「わん」と吠えてみせたルク。シッポをふりふりしながら、娘さんにテラテラなでられるままに任せます。
水色オオカミとしてのホコリ? そんなもの、もとよりありません。
彼女の名前はリオーネさん。ペームトの街でも有名な工房をかまえている親方の娘さんにて、いまは街の女衆らといっしょに畑の手入れに精をだしていたところなんだとか。
ですがこの出会いこそが、天の采配であったのです。
なぜなら彼女は……。
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