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193 正義の騎士と悪の騎士
しおりを挟む最後の戦いの場へとおもむいたライムさんを待っていたのは、会場内に満ちた異様な空気。
この場所に足を運んだ大部分の客たちは、四大公家のひとつキャトル家の跡目とうつくしい姫君を賭けた、レオンとダレムの世紀の一戦を見るために集っていました。
どこからもれたのかはわかりませんけれども、レオンとナクア姫が恋仲なのは、すでに周知されており、二人が試練を乗り越え晴れて結ばれるのか、才能と野心あふれる好漢が己の槍一本にてのしあがるのか。
まるでおとぎ話のような展開と登場人物たち。
これでは期待をするなというほうがムリがあります。
ですが二人の主役のうちの一方は、準決勝にてすでに敗退。
残るは銀髪の麗人であるレオン・アンビのみ。
そして対戦相手は、どこのだれだか知らない冴えない青年とくれば、人気や応援が自然と前者に流れるのは、しかたのないことなのかもしれませんが……。
会場中から向けられる視線に込められていた感情。
悪意や害意がごちゃまぜにされたもの。
レオンが恋人を守るために戦う正義の騎士だとすれば、ライムはそんな恋人たちを引き裂かんとする悪の騎士。
いつのまにやらそんな配役をおしつけられた形になっているライムさん。おそらくこの場にいるだれよりもナクア姫のしあわせを願って、がんばっているというのに。
姫からは信じてもらえず、観客からは邪魔者だの、不忠者だの、主家をのっとる悪党だなんぞとののしられる。
いくらなんでもヒドすぎます。
おもわず抗議の声をあげそうになった水色オオカミの子ども。ですがライムさんはその頭を軽くなでて、これを止めました。
会場中からの憎しみを一身に受けても顔がうつむくことなく、堂々と舞台へあがっていくライムさん。
そんな弟子のたのもしい背中を見て、師匠の剣聖さんは「ふむ。ここにきてカラダやワザだけでなく、ココロも一段と強くなったようだ。ならば、あのバカ女の存在も剣の道において、まるっきりムダというわけでもなかったようだな」との感想を口にしました。
なかなかの毒舌ですけれども、ちょっとだけ胸の内がスッとなるルク。
一転して会場の雰囲気がカラリと明るくなりました。
視線に込められた憎悪や、聞くにたえない罵詈雑言はすっかり消えて、沸きあがるのは大歓声につき、「がんばれ」「負けるな」という応援ばかり。
黄色い声援を引き連れて、舞台の反対側からレオンが姿をあらわしたのです。
銀の髪が映える白い甲冑姿。ですがところどころに包帯がまかれているのが見え隠れしている。おそらくは先のコルセオ戦にて傷を負ったのでしょう。
十分な休息もとれておらず、カラダにはつかれもたまっているはず。
しんどくないわけがない。それでも毅然とした態度をくずさないのはさすがです。
そんな健気な銀の麗人の姿が、いっそう観客たちのココロを惹きつける。そして惹きつけるほどに、対戦相手へと切々とつのるのは負の感情。
ここまでくる条件は同じであったハズなのに、一方は称賛されて一方はまるで親の仇でもあるかのような視線を向けられる。ひたすら「負けろ」と念じられる。
だけれどもここはお芝居の舞台の上ではありません。
武器を手にした者が身命を賭して戦う場所。
それをこの場に集った全員が、すぐにおもい知ることになりました。
サーベルといわれる細身の剣。
しなる剣からくり出される切っ先は変幻自在にて、その速度はときにヒトの目の能力をはるかに超えて、敵へとおそいかかる。
破壊力こそはないけれども、その刃がカラダをかすめただけで、皮膚や肉はスパッと斬れて、血があふれだす。
人体を効率的にこわすのに適した武器。
これを優れた使い手が持ったとき、きらめく刃が生みだす光が帯となり、残光の軌跡が宙を踊るかのようにして舞う。
レオンのふるう剣は、それはそれはキレイでした。
見ている者たちが、おもわずタメ息をこぼすほどに。
威力だって申し分ありません。寸分たがわず急所へと走る切っ先、もしも当たればその時点で勝敗はすみやかに決することでしょう。
だがダレムの迅雷の突きをもかわしきった、いまのライムには通用しない。
レオンの剣はあまりに軽く、そして素直すぎる。
体さばき、間合いの取り方、呼吸……、なにもかもが教科書のお手本のよう。
流麗にして苛烈、そんな攻撃をただの一歩たりとも動くことなく、無造作にすべてボロ剣にてはじくライム。
彼の目はレオンの瞬速の剣が描く軌道のすべてを、しっかりと捉えていたのです。いや、肌で感じていたと言うべきでしょうか。ここでもまた剣の丘の逆さの塔にて経験したことが、いかんなく発揮されておりました。
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