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192 残酷な言葉
しおりを挟む第二試合が行われている間、用意された個室にて、じっと控えていたライムさん。
さきの戦いぶりについては剣聖さんより「まあまあ」とのお褒めの言葉をもらい、少しほっとした表情を見せました。
でも彼はどうするつもりなのでしょう。
このまま次も勝ってしまったら、ライムさんがナクア姫のおムコさんということに。
ですがそれは絶対にかないません。だって剣聖のボロ剣を手にしたときに「一生結婚できない呪い」をかけらえれてしまったんですもの。
気になったルクがたずねてみたら、彼は「ちゃんと考えてある」とだけ口にしました。
やっぱりわざと負けるのでしょうか? それはそれで剣聖さんがモーレツに怒りそうな気がするのですけれども。
控室にまでは会場の音は届きません。
だからあちらがどうなっているのかはわかりませんが、すでにけっこう長いこと時間が経っています。
レオンとコルセオ、どちらも実力者らしいので、対戦が長引いているのかもしれません。
すると「コンコン」と扉を叩く音が。
ようやく係の人が呼びにきたのかと腰をあげたライムさん。
しかし扉を開けたとたんに、固まってしまいました。
なぜならそこに立っていたのは、側付きのメイドを従えたナクア姫だったのですから。
おもいつめた表情からして、幼馴染みの青年に激励を言いにきたというわけではなさそう。であれば、何をしにきたのかなんてかんたんに想像がつきます。
でもそれを口にするということは、あまりにも残酷なこと。
ナクア姫のためだけに、彼女のしあわせな未来のためだけに、すべてを捧げようとしている青年。
その忠義、真心、献身すらをも疑うような行為。
だからルクは「どうか言わないであげて」と、ココロの中で強く願いました。
けれどもその願いはかなうことなく、ついに彼女は残酷な言葉を口にしてしまったのです。
「お願い。次の試合を棄権して。もしくはわざと負けてちょうだい」と。
勝手に誤解して、勝手に怒って、勝手に失望して、あげくに手前勝手にすがりついてくる。
ナクア姫は幼いころよりよく見知っているはずの幼馴染みの青年を、ライムさんという人物を信じきれなかった。
とっても不安で、心細くて、いてもたってもいられない。
その気持ちもわからなくはありません。
だけれども、いかに最愛のヒトとの未来がかかっているとはいえ、これではあんまりです。
たとえ不安であったとしても、そこはライムさんを最後まで信じてあげてほしかった。
姫である自分のために騎士である彼が、何かをしてくれるのが当たり前だとでもおもっているのでしょうか?
行動の意味を、その裏にある想いからは、まるで目をそむけて、都合のいい結果だけしか見ようとしない。
同じ姫さまでも自分の知っている姫たちとはずいぶんとちがう。
どこまでもないがしろにされるライムさん。その扱いに、いきどおりを隠せずプクッと頬をふくらませた水色オオカミの子ども。
そんなルクに剣聖さんは冷めた調子にてこう言いました。
「恋だの愛だのに酔っている女なんて、みんなこんなもんだよ。世界は自分たちを中心に回っているとおもっているんだ」
なおも入り口にてくり言を続ける姫さま。
もしもこんなところをだれかに見られたら、たいへんだというのに。
コモンダリアは武の盛んな国ゆえに、神聖な戦いの場を貶めるようなマネを嫌っています。それを四大公家の姫が踏みにじっていると知られたら、ただではすみません。
キャトル家には消えることのない傷がつくことでしょう。
そんなことにすらも考えがいたらないナクア姫。切羽詰まっているせいか、それともこれが彼女という女性なのか。
ライムさんは「心配しないで。うまくやるから」と安心させて、お付きのメイドさんに目で合図をして協力をあおぎ、やや強引に彼女を追い返しました。
パタンと扉を閉めてから「ふぅ」とひとつ深いタメ息をこぼしたライムさん。
ここまで戦い続けても、とくにつかれた様子がなかったというのに、ここにきてドカッとつかれてしまったみたい。
ナクア姫のあまりの自分本位な態度に、すっかり呆れてジト目になっているルクや剣聖らに、「あははは。まいったね、どうも……。ふだんの彼女はもうすこし分別があるんだよ。でもいまはこんな状態だから」とかばうような言葉を口にし、元気のない笑みさえ浮かべてみせた青年騎士。
まえにライムさんの選んだ道を剣聖さんは「献身」と表しました。
むくわれることのない、なんとつらい生き方なのでしょうか。
姿を見ているだけで、胸のあたりがキュッと締めつけらえるような感じがして、ルクはおもわず顔をそむけずにはいられませんでした。
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