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185 無明の間
しおりを挟む九階層目には何もありませんでした。
あるのは漆黒の闇ばかり。
「ここは無明の間、ひたすらじっと十階層へと続く扉が開くのを待つだけの場所さ」
剣聖さんの説明にライムとルクはそろって首をかしげるばかり。
ただ待つだけ……。
そんなことに何の意味があるのでしょうか?
「ふふふ、じきにわかるさ。ここの過酷さがね。ではこれより一切の会話を禁じる。わずかな声や物音もたてるな。たてたらまた一からやりなおしになるからね」
視界を埋め尽くすのは黒。
暗闇の中、おしゃべりも出来ない。
たいくつな時間ばかりが続く。
とくにすることもない水色オオカミは、とりあえず寝てすごすことにしました。
もぞもぞと動く気配があり、おそらくはライムさんもカラダを休めることにしたようです。
では、おやすみなさい。ぐぅ。
パチンと目をあけた水色オオカミの子ども。
真っ暗な中でしばしぼんやり。ルクの茜色の瞳をもってしても黒い視界が完全に透けて見えることはありません。それほどまでにこの階層の闇は深い、もしくは試練のために用意された特別なモノなのでしょう。
ライムさんの方に目をやると、彼は床に横になったまま、身じろぎひとつしません。ずっとボロ剣を抱きしめています。
目覚めたルクはその姿にたのもしさを感じる反面、さびしさも感じていました。
彼が望みどおりに剣士の道をひた走っている。
ライムさんは着実に強くなっています。でもその裏で彼が本来もっていた大切な何かが、ポロポロとはがれ落ちているように、ルクにはおもえてならないのです。
どんどんと自分の知っていた彼ではなくなっていく。
成長するとは、そういった側面を持ちあわせているのでしょうけれども、これが無性にかなしくも感じられてしょうがない。
そんなことを考えつつ、ふたたびまどろんでいくルクなのでした。
寝ては、起きるをくりかえすこと三度。
いいかげんに寝むるのにもあきてきました。
第十階層へと通じる扉は、まだ開きません。
逆さの塔の試練に挑み続けること、すでに何日目なのかもわかりません。なにせここは地下深くにて陽の光がまるで届かないのですから。それにずっと閉鎖された空間にいると、時間の感覚もおかしくなってしまうようです。
でもそればかりが原因ではありません。
この古代遺跡の中は、カラダが重くなったり、呼吸が苦しくなったりするばかりではなく、ほかにもいろいろとおかしな点がありますので。
たとえば食事。
ルクは水色オオカミであるがゆえに、水もしくは水気さえあれば生きていけます。
ボロ剣に宿っているとおぼしき剣聖さんは、思念体みたいなものなので食事を必要としません。
でもライムさんはちがいます。彼は正真正銘、生身の人間です。いかに急速に剣士として成長を遂げようとも、いいえ、成長しようとすればするほどに、カラダはより多くの食事が必要とするはず……。なのに彼は逆さの塔へともぐってから、ただの一度たりとも食べ物を口にはしていないのです。どうやら空腹も感じていないみたい。
ひょっとしたらこの中では時間の流れすらもがおかしくなっているのかもしれません。
第九階層、無明の間の試練に挑むこと、どれほどの時間がたったことでしょうか。
目安となるべきモノが何もない環境下にて、音を封じられたライムさんの身に、じきに異変が起こりはじめました。
寝たり起きたりをせわしなくくり返したとおもったら、あぐらにて精神集中でもするかのように座禅を組む。手探りにてボロ剣をべたべたとさわっては、なんども握りかえし、まるでその存在が本当にあるのかを確認しているかのよう。
かとおもえば苦しそうに頭をかきむしったり、自分の腕に歯をたてて、必死に声をころして泣きだしたり。
あきらかなる異常行動。
心配のあまりライムさんに近づこうとしたルクの頭の中に剣聖さんの声がひびく。
「放っておけ。あれはいま自分のココロと戦っているのだ」
「?」
「澄んだ泉の水はのぞきこんだ者の姿を映す。だがここの暗闇はのぞきこんだ者のココロを映し出す。己が内のキレイもきたないも、大切な想いも、あきらめたはずの想いや捨てたはずのモノまで、なにもかもすべてをあばきだす。それを見せつけられるのは、ある意味、ココロにかせられた拷問のようなもの」
暗闇に映し出されるのは己の希望、絶望、願望、欲望……、ごまかしようのない自分の本性をまざまざと見せつけられる。ふたをしたはずの感情をむりやりに引きずりだされる。
騎士道や献身など、彼を支えるモノすべてが否定される。
そして闇の静寂は、苦しみもがき、あがき続ける者の耳元にて、甘くささやく。
「どうしておまえばかりが苦しむ必要がある? おまえは強い。チカラがあるのだから、欲しいモノがあるのならば、うばえばいい」と。
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