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182 逆さの塔
しおりを挟むルクと剣聖との会合がおわると、ふたたび動きだした世界。
水色オオカミの子どもから、剣の丘についての新情報をもたらされた青年騎士。
じつにあっさりと剣聖のボロ剣に手をのばすと、迷うことなくこれを地面から引き抜きました。
「えぇーっ! そんなにかんたんに決めちゃってよかったの? ライムさん、もう、いっしょう結婚できないんだよ」
「べつにかまわない。僕みたいな冴えないヤツなんて、どのみち愛だの恋だのからはいちばん縁遠いからね。これまでナクア以外の女の子とろくに話しをしたこともなかったし。それにこんなので強くなれるんなら、むしろ安いぐらいだとおもうし。一介の騎士が独身貴族になるんだから、ある意味出世ともいえるかもしれない」
なんだかよくわからない理屈を口にしたライムさん。
その背後には、すでに剣聖さんの姿がふわふわ浮かんでいます。なんだか亡霊にとりつかれているみたいで、けっこう不気味。
契約が成立したことにより、ライムさんにも彼女の姿が見えているらしく、ふつうに会話もしているけれども、たぶん他のヒトたちには見えないハズ。
はたからみれば独り言をブツブツつぶやく、危ない青年にしか見えないことでしょう。
それだけで大半の人間は彼から距離をとる。
さっそく呪いが発動しているライムさん。
青年の今後を考えると、おもわず目頭があつくなる水色オオカミの子ども。くすんと鼻をすすりました。
「よい覚悟だ。いいだろう、私にまかせておくがよい。それでおおまかな事情はルクより聞いているが、例の姫君を救うのに使える時間はどれくらいあるのか?」
頭の中に直接聞こえてくる剣聖の声。
ウマに逃げられて帰りが徒歩になることを計算にいれると、せいぜい半月ぐらいが限界だと答えたライムさん。
これを受けて剣聖さんは「それだけあればじゅうぶんだ」とたのもしいお言葉。
でもたったそれだけで、ほんとうに強くなれるモノなのでしょうか?
伝説の修練場「剣の丘」
その頂から地下深くへと埋めこまれたかのようにして存在していたのは、逆さの塔。
ふつうは天へとのびているはずの建造物が、地下へ地下へとのびている。
ゆえにそう呼ばれている古代遺跡。
らせん階段にて連なるのは十もの階層。
ひとつの階層ごとにちがう試練が用意されており、最深部へといたるころには、剣の極意が自然と身についているそうです。
ただし試練は下へいくほどに、難易度がはねあがる。なお二階層目までは地上にもどることが可能だけれども、三階層以降は入り口が閉じてしまい進むことしか出来なくなる。
入ったが最後の地獄道。生死をかけた修行となっているそうです。
剣聖からの説明を受けて、なるほどとうなずくライムとルク。
これまで石碑の意味をとりちがえて、勇んで足を踏み入れたはいいものの、なまじ優秀にて三階層まで到達したがゆえに、それっきりとなった者たちがなんと多いことかとボヤいたのは剣聖さん。
「まったくやれやれだ。私の助言も受けずに突っ込む阿呆ばかりだよ。やみくもに進んで、初見殺しのワナや仕掛けに立ち向かうとか、試練うんぬん以前の問題だ。戦いにおける下調べの情報収集なんて基本中の基本だろうに」
説明を聞きながら、さっそく一階層目に到着した一行。
ここは馬車一台分ほども幅のある、まっすぐな通路のような造り。
試練を受けるのはライムさんにつき、ルクは後ろにておとなしく見守ります。
ボロ剣を手にした青年騎士が、ごく自然の歩みにて奥へと進んでいく。
カタンとかすかに音がしたとおもったら、すぐ右側の壁から細い石柱がにゅうっと飛び出してきました! 槍の一撃のごときするどい突き。
これを半歩だけ下がって、なんなくかわしてみせたライム。
続けて左の壁、天井、床などからも次々と石柱が出現。
ちょうど一手をよけたあたりの絶妙な位置に、次の手がおそいくるように配置されてある仕掛け。
よけたとおもってうっかり気を抜いたら、次のしゅんかんにはガツン。
そんな中を平然とゆき、すべてをなんなくかわしきったライムさん。
洗練された足さばきはダンスを踊っているみたい。
おもわず「ほぅ」と感心するルク。
でもこれにはちゃんと種明かしがあるのです。
そもそもウマに逃げられ、荷物を失くし、うかつにも街道にて大の字にのび、あわてて剣を抜けば手からすっぽ抜けてしまうような、へっぽこ騎士の彼にこんな芸当ができるわけがありません。
可能にしているのは剣聖さんの存在。
背後にとりついている彼女が、文字通り手とり足とり若い騎士の肉体をあやつっていたのです。
強制同調にて、のりうつる、もしくは糸でつられたあやつり人形のごとき制御にて、無理矢理にカラダを動かされては、血肉や骨身に剣の極意を直接伝授。
というよりも強引な刷り込み作業と言うべきでしょうか。
おかげで体さばきも歩法もごらんのとおり。
ライムさんはなにせへっぽこ騎士につき、腕も才能はさっぱりで体力も微妙。
しかし姫君を救うには、のんびりと鍛えなおしている時間なんてありません。
なによりチマチマ指導するとか、剣聖さんの性にあわないようで、まずはこの方法にて底上げをはかり、ライムさんをいっぱしの剣の使い手に育てるみたい。
たしかに口で親切に教えられるよりも、ずっと短時間にて成果がでそうではあります。
もっともやられている当人はかなりつらいみたい。
なにせ、ふだんとはまるでちがうカラダの使い方を強要されるものだから、筋肉やら関節が悲鳴をあげているらしく、さっきから床にて転がりながら身悶えしていますので。
ライムさんのそんな様子に、ルクはあらためて「強くなるのってたいへんなんだなぁ」とおもいました。
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