水色オオカミのルク

月芝

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173 生存競争

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 夜明け前。
 たくさんのかがり火にて、周囲の闇を散らしていたのは、パイロルーサイトの都の正門前に布陣している大軍勢。
 上から眺めたら、五つの層のように見えるのは、鎧の色や装備などがちがうから。彼らは巨万の富を生み出すこの地を、ナゾの脅威より守るために集った周辺国からの援軍。
 最前列にて小型の大砲を持った兵士らを、ずらりと並べていたのは、作戦会議のときに赤髪の美女に大見栄をきっていた将軍が率いる軍。
 向かってくる相手に一方的に遠距離攻撃を仕掛けて、勝敗を決しようとの目論見。もちろん一番手柄にて、終戦後には母国のパイロルーサイトへの影響力を強めるという狙いもある。
 でなければ、いかに同盟国を救うためとはいえ、最新の装備を惜し気もなく大量に投入したりはしないだろう。あるいは新兵器の運用試験をかねるつもりなのかも。
 他の軍勢も大なり小なり含むところはあるだろうし、だいじょうぶなのかねと心配していたのは赤髪の魔法使いのミラ。
 強力な魔法の使い手ゆえに結界への魔力供給役ではなく、遊撃としての役割をふられた彼女。待機場所である城壁の一画に陣取り、味方の軍勢を見下ろしていました。

 暗闇がしだいしだいに薄まっていく。
 じき夜が明ける。
 敵が向かってくるとおもわれる方角をぼんやりと眺めていたミラ。
 その右腕がすばやく動き、とっさにつかんだモノは一匹のムシ。目にも止まらぬ速さにて、すぐそばを通りすぎようとしていたのを捕まえたのです。
 自分の手の中にてうごめく存在をひと目みるなり、彼女はそれを足下に叩きつけ、いっきに踏みつぶしました。

「チッ! こいつが滅びの紅砂の正体か」

 ミラの舌打ちを耳にしたのは、彼女の護衛をまかされていた兵士の一人。
 まだ少年の面影を残す若い彼は、石床にてつぶれているムシをのぞきこみ、「バッタ、いや、これはイナゴかな」と言いました。

「なんだ……、やたらとおおげさな陣容だから、いったいどんな敵かとおもえば、ただのムシだったなんて」

 ちっぽけな相手だとわかり、どこか安堵する若い兵士。
 そんな彼に「バカを言うな。むしろ最悪だよ」とミラ。
 眉間にしわを寄せて、険しい表情を浮かべている赤髪の魔女。

「なにもわかっちゃいないね。ムシどもはたしかに小さくて弱い。ご覧のとおりかんたんに踏みつぶせる。寿命だってたかがしれている。それはそれはちっぽけな命さ。でもね、だからこそ、この世界のどの生き物たちよりも、いまを必死に生きている」

 そこでいったん言葉を区切ったミラは、続けてこう言いました。

「集団になったら、いちばんこわいのはそんなムシたちなんだよ。やつらは人間の兵士やケモノたちみたいに、おびえたりひるんだりためらったりしない。リーダーが命令を下したが最後、全員が全員、すぐさま死兵となるんだ。……こいつはヤバいな。戦の勝ち負け以前に、自分が生き残る算段をつけておかないと」

 ミラはふところから取り出した紙に、さらさらといそぎメモ書きをしたためると、これを無造作に空へと投げました。
 紙は宙にて白いハトへと姿をかえて、街中へと飛んでいきます。
 ハトが向かったのは占い師のノズクばあさんのところ。敵がイナゴの大群だとすると、たんに地下室にもぐっているだけでは危うい。空気とりの穴や、ちょっとしたスキ間からでも連中は侵入してくる。そして一度入られたが最後、すべてが喰い尽くされてしまう。
 このぶんではすでにそこそこな数の先遣隊が、都内へと潜入していることも考えられる。
 じきに内外にて騒ぎが起こることは明白。
 彼女が古い知己へ危険を報せた直後、空に一条の光が走り、つづけて次々と光線が姿をあらわしはじめて、ついに夜が明けました。
 そしてみなが目撃するのです。
 朝陽の光を背に受けて飛来してくる黒い霧のような何かを。
 近づいてくるほどに紅い点々が、黒のキャンパスにびっしりと浮かんでいるのが、はっきりとわかりました。
 それが滅びの紅砂と呼ばれているイナゴの大群だと、だれもが知ったとき、戦場は地獄へとかわっていました。


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