水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
上 下
170 / 286

170 問答

しおりを挟む
 
 水色オオカミとイナゴたちを統べる王との会合。
 先に口を開いたのは、ここまで彼らを追いかけてきたルク。

「どうしてこんなヒドイことをするの?」

 滅びの紅砂と呼ばれ、おそれられているイナゴたちの行進。
 その通ったあとには死の荒野が残されるばかり。草も木も花も森も、おそらくはまき込まれた生き物たちも、それこそ骨も残さないほどに喰らい尽くされる。
 天の国生まれの水色オオカミは、水さえあれば生きていけます。ですけれども地の国の住人たちはちがいます。ときには他者の命をうばう必要があります。
 そんなことはルクにだってよくよくわかっています。
 だけれども、これではあんまりだと、彼は考えていたのですが……。

「たしかにヒドイな。自分たちが通ったあとをふりかえるたびに、我がことながらもゾッとする。数多の地の国の者どもらから忌み嫌われるのもしようがあるまい。なんとも浅ましい所業よ」

 じつにあっさりと己の非を認めた黒銀(くろがね)。
 これにはルクのほうがひょうし抜けするほど。

「だがしかたのないことなのだ。なぜなら食べねば生きてゆけぬのだから」
「でも」
「ルク殿はおそらく知らぬのだろうな。飢えとは、それはむごく、残酷なものよ」

 食べる物がなくて、やせおとろえては、次々に死んでいく同胞たち。
 せっかく生まれてきたというのに、子どもたちは朝露のごとくはかない命を散らし、見渡すかぎりが骸の野と化す。
 だが先に死ねた者たちはまだしあわせなほう。
 真に悲惨なのは生き残った者たちなのだから。
 母が子を、夫が妻を、子が親を、友が友を、兄が弟を、弟がさらに下の妹や弟たちの死肉を喰らう。「すまない、すまない」となげきながら、その身にむしゃぶりつく。
 生きたいという渇望が、これまでに大切に育み、築いてきたすべてをこわしてしまう。
 それはまさしく悪鬼の所業。だがそんなことは当人にもわかっている。
 それでもカラダが、ココロが生を求める。
 なぜなら残された者たちは、まだ生きているからだ。生きるとは他者の命の上になりたっているものだからだ。

「それともルク殿は我らに飢えて死ねと? ただ座して死を待てというのか?」
「そんなことはっ!」
「いや、いささかいじわるな問いかけであったな。ルク殿の言いたいこともわからぬではない。我の個人的な考えであれば、いっそ自らいさぎよくはてたいとすら思う。だが我にはそれが許されぬ。なぜなら我は王だからだ。王には民を飢えから救う責任と、明日へと導く義務がある」

 黒銀のこの言葉を聞いて、ルクはようやく自分が彼の何に圧倒されていたのかがわかりました。
 数えきれないほどの仲間たちの命を一身に背負っている王。
 たとえいかなる悪業に手を染めようとも同胞たちは守る。
 己という個を捨て、王として生きる覚悟を決めた選択せし者。
 だからこそみんなは彼を慕い従っている。
 ちいさな身に宿る王威はとてつもなく大きくて、まるで真夏の太陽のごとくかがやいている。
 水色オオカミの瞳には彼がそのように映っています。
 とても止められそうにない。
 そう感じたルクは、この問答をいったん打ち切り、ちがう提案をしてみることにしました。
 それは彼らの進む道について。
 せめて被害が最小限ですむように出来ないものかと考えたのです。植生が豊かで多くの動物たちが暮らす場所とか、人間らの都や街を迂回してもらえれば、それだけでもかなりちがってくるでしょう。
 しかしこの提案は王によって言下に拒否されました。

「それはムリだ。むしろ進路をひたすら真っ直ぐにとっていることこそが、せめてもの慈悲なのだから」
「慈悲って、どういうこと?」
「考えてもみよ。もしも我らが好き勝手に進路をかえたらどうなる? それこそ地の国にあるすべてを根こそぎ喰らって歩くことになるぞ。それに……」

 それに真っ直ぐに進むがゆえに、その進路上にいる者たちは、事前に危機を察知して逃げることもできるし、進路から外れればおそわれることもない。あえて予測しやすいように行動している。最低限度の逃げるための猶予は与えている。それを慈悲だと黒銀は語ります。
 通常、エモノを狙うケモノは前もって「これからおそうぞ」なんて言ってはくれません。いきなりおそいかかっては、ガブリとしてしまいます。それに比べればたしかにそのとおりなのかもしれません。
 でも、だからとてすぐに認められずに不服そうな顔をしている水色オオカミの子どもに、さらに黒銀の王はこうも言いました。

「これは我らが生き残るための旅路であり、他の者たちが生きるための試練でもあるのだ。いわば生存競争よ。つまらぬ我欲によって引き起こされる人間どもの争いとはちがう。己の生命を、その存在を、その在り方を、その尊厳を、その存亡をも賭けた戦い。おそらくはこれほど純粋かつ根源的な闘争はなかろうよ」と。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

先祖返りの姫王子

春紫苑
児童書・童話
小国フェルドナレンに王族として生まれたトニトルスとミコーは、双子の兄妹であり、人と獣人の混血種族。 人で生まれたトニトルスは、先祖返りのため狼で生まれた妹のミコーをとても愛し、可愛がっていた。 平和に暮らしていたある日、国王夫妻が不慮の事故により他界。 トニトルスは王位を継承する準備に追われていたのだけれど、馬車での移動中に襲撃を受け――。 決死の逃亡劇は、二人を離れ離れにしてしまった。 命からがら逃げ延びた兄王子と、王宮に残され、兄の替え玉にされた妹姫が、互いのために必死で挑む国の奪還物語。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。 画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。 迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。 親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。 私、そんなの困ります!! アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。 家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。 そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない! アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか? どうせなら楽しく過ごしたい! そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...