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168 ミラの誤算
しおりを挟むずーんとテーブルの上に突っ伏したまま、長い赤い髪をだらりと周囲にたらしていたのは紫眼のミラ。
ここはノズクばあさんの家のリビング。
彼女の口利きにてパイロルーサイト国に、臨時で雇われることになった魔法使い。
報酬としてまえから欲しかった神花の輝石(かみはなのきせき)という宝石が手に入り、浮かれていたのもつかの間、その雇われた理由を知ってからは、ずっとこんな調子です。
「いやはや、急に魔法使いどもをかき集めていると聞いて、何かあるとは踏んでいたんだけれども、まさかねぇ」
ミラから情報を得たノズクばあさん。さっきから荷造りをしては、せっせと地下の金庫室へ運びこむをくり返していました。
なにせ「滅びの紅砂」の進路上に、この都がばっちり重なっていると聞かされたのですから。これで何もしないほうがおかしいというもの。
魔法はさっぱりでも、やせてもかれても魔女のノズク。その知識量は常人の及ぶところではありません。ゆえにこちらへと向かっている相手のおそろしさについても知っておりました。古より存在は確認されているものの詳細は不明。だけれども一夜にして巨大な森を消滅させたり、国や都を廃墟にかえたとか。
でもミラは知りませんでした。
だから二つ返事にて「まかしておきな」と、仕事を請け負ってしまったのです。
そして意気揚々ともどってからノズクより、くわしい話を聞いてごらんのとおりというワケ。
「じょうだんじゃないよ。いくらアタいの自慢のカミナリでも、そんな相手に、どうしようもないじゃないか」とミラがぶつくさ。
「他にも腕利きをそろえておるんじゃろう? 周辺の国からも応援が来るみたいじゃし、秘蔵の魔道具も出すって話なら、まぁ、いい線いくんじゃなかろうかのぉ」
「そうおもうんだったら、なんでノズクばあさんは荷物を片づけているんだよ」
「備えあればうれいなしじゃ。なにせ相手は滅びの紅砂だからの。嵐が去るまでは、安全な穴倉に閉じこもっておくのが正解じゃろうて」
「ちくしょうめ。早やまったー。くっそー」
「そんなにイヤなら宝石を持って逃げたらどうじゃ? ちゃっかり前払いにてもらっておるのだろう」
「ふん、それが出来たらだれがこんなに悩んでなんているものかい」
こと宝石に関してはマジメなミラ。持ち逃げなんて彼女の誇りがそれを許さない。そしていったん懐にいれた品を放り出すだなんてマネも。
そんな彼女を老婆がからかう。
「ククク、悪党につかえておる小悪党のわりに、ずいぶんと義理堅いこって」
「うるせーよ。あー、いっそのことレクトラムさまにお願いしてみようかなぁ」
白銀の魔女王の名前が飛び出して、今度はノズクばあさんの方がギョッとさせられることに。
「ヤメとくれよ。あの冷血女が出張ってきたら、滅びの紅砂がどうにかなっても、どのみち国が滅んじまうよ」
「わかってるって。アタいだってここは気に入っているんだ。それにどのみち心配はいらないよ。なにせうちのご主人さまときたら、超出不精のひきこもりだからね」
「……ずいぶんとひどい言われような気もするが、おかげで世界は平和だからねえ。あたしゃ、直接面識はないんだけれども、おっかないって話は魔法使いの知り合いたちに、いろいろ聞かされているから」
「どんな話を聞かされたのかは知らないけれども、話し半分ってところかな」
「そのあたりはよう心得ておるわ。だてに仲介屋なんぞやっておらんからな。ウワサをまに受けるようなマネは」
そう言いかけたノズクに、「ちがうちがう」と手をふったミラ。
「そうじゃないよ。五割ましでもぜんぜん足りないって意味。レクトラムさまのこわさを語るには」
白銀の魔女王レクトラム。
だれもが見惚れる、女神と見まがう美貌を持つプラチナブロンドの女性。
魔法使いとしてのチカラもおそらくは世界一。
だがその内面は見た目からはほど遠く、己の美にしか興味がなく、自分の欲望を満たすためだけに呪力を込めた魔法を行使する。
もっとも冷酷で、もっとも残忍で、もっともうつくしい微笑みを持つ女王さま。
そんな主人の姿をおもい浮かべながら、しみじみと発せられたミラの声は低く、みょうなすご味をおびていました。
これを耳にして、ゾっとしたノズクばあさん。すぅーと血の気が引いて、顔色がみるみる青くなっていきました。
パイロルーサイトの都の片隅にて、女たちがそんな会話をしていた頃。
滅びの紅砂のあとを追っていた水色オオカミのルクは、ようやくその背をとらえようとしていました。
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