水色オオカミのルク

月芝

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145 ウワサ

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 廃屋となった生家にて、一晩中、なげき続けたフランクさん。
 うっすらと破れた屋根から朝陽が差し込む頃に、ぽつりとつぶやいたのは「あー、泣けないってのが、こんなにつらいとはねえ」という言葉。
 肉体を失い、なぜだか銀の髪飾りに宿った彼の意志。そんな身の上にて、涙を流すことはできません。
 涙の粒が、心のどこかから、とうとうとわいてくるかなしみを、せっせとカラダの外へと運び出してくれていたことを、フランクさんは我が身をもって思い知らされました。
 やがて夜が完全にあけて、外が明るくなっていく。

「すまなかったね。へんなところを見せちまった。あー、オレってばかっこわるいよな。ホレた女がしあわせにやってるんだから、それでヨシとすればいいのに。我ながらなさけない」とフランクさん。
「そんなことないよ」
「でもおかげでスッキリしたよ。実家はこんなありさまだったけど、ジルのこともわかったし、ひと安心した。あとは予定通りに自分を古道具屋にでも」

 フランクさんがそこまで口にしたところで、ざっざっと歩いてくる何者かの足音が聞こえてきました。
 働き者の多い辺境の村のことですから、早朝から畑仕事などに精を出す人もいますので、きっとその類なのでしょう。ですがうっかり水色オオカミの姿を見られたら、さわぎになりかねませんので、おもわず息をひそめたのです。

 近づいてきた足音は二人分。
 野太い男たちの声がしたと思ったら、その足がこの廃屋の前で止まりました。
 そこでしばらく立ち話をはじめたので、中で潜んでいるルクたちの耳には、いやがおうでもその会話がもれ聞こえてくることに。

「いいかげんにコイツをどうにかせんとなぁ」
「ああ、見苦しいし、子どもが入り込んだらあぶない。それにネズミとか動物が住みついたらめんどうだ。畑にわるさでもしかねんしな」
「にして、ビグのやつも気の毒になぁ。出来のわるい息子をもったばっかりに」
「都会で女にころんで、ジルだけでなく夢も故郷も捨てるとか。ほんに親不孝のバカもんよ」
「おかげですっかり面目を失くしたビグは酒浸りになるわ、心労でマーサのヤツも倒れるわと、さんざんだったからな」
「それだけじゃあねえぞ。女ってのはこわい生き物だからな」
「なんのことだ?」
「かわいそうにマーサのやつ、村の婦人会でほとんどのけ者の扱いよ。娘をこけにされたと怒ったジルの母親がほうぼうに働きかけたとかで」
「おー、こわ! 表向きは『うちのことは気にしないで』とか心配しとる風だったのに」
「そこが、それ、女のこわいところよ。腹の中がわちゃわちゃ煮えくりかえっていても、にこにこ笑っていられる。男にはちょいとマネできん芸当だな」
「はぁー、そんな話、知りたくなかったぞ。どうしてくれるんだよ、もううちカミさんの顔をまともに見れねえじゃねえか」
「よく言うわい。おまえのところは口よりも先に手が出るじゃろうが」
「おっと、ちがいない。あはははは」
「くくくくっ」

 無骨な笑いにて話を終えた村の男たちが、ふたたび歩きだして廃屋から遠ざかっていく。彼らの足音が完全に聞こえなくなってから、もぞもぞど動き出したルク。
 おもわず小首をかしげずにはいられません。だって自分が知るフランクさんと村人たちが話をしていたフランクさんが、あまりにもちがいすぎるから。
 これにはフランクさんもおおいに異議を唱えます。

「どういうことだ? なんでオレがジルや村を捨てたことになっていやがる。それに女に転んだとか、夢をあきらめたとか、何のわるい冗談だ。まるで身におぼえがないぞ」
「だよねぇ。だって口ぶえだけでもアレだけスゴイ演奏をするフランクさんが、そもそも楽士の道をあきらめたとか、まるで意味がわからないよ」
「ああ、音楽の女神さまにかけて誓うが、ぜったいにそんなことはない。それに朝から晩まで音楽漬けの毎日で、女なんぞにうつつを抜かすひまなんてあるものか。くそっ! いったいどうなっていやがる。しかもそのせいでオヤジやおくろが……」

 根も葉もないウワサのせいで、生まれた村にて自分の評判が地に落ちており、そのせいで両親をも不幸のうちに没してしまった。
 恋人を失い、家族を失い、帰るべき家も失い、ついには故郷だけでなく、人生をかけて挑んだ音楽への道やその想いまでをも失ったと知って、フランクさんは激怒しました。
 ドン底にたたきき落とされたとおもい、なんとかあきらめて、自分の心と折り合いをつけようとしていたところに、さらには最後に残っていた楽士としてのプライドまで踏みにじられるとは、おもいもよりませんでした。
 さすがにこれだけはどうしても許せないと。

「すまない、ルク。もう少しだけつき合ってはもらえないかな?」とフランクさん。

 ルクの返事はもちろん決まっています。


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