水色オオカミのルク

月芝

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 ウルルやラフィールたちに盛大に見送られて、竜の谷をあとにした水色オオカミのルク。
 天の国の御使いの勇者の旅にあてはありません。けれども次は北の極界をめざすことに決めました。
 なぜなら旅立ちを前にして、ウィジャばあさんからこんなことを言われたからです。

「あの地は水色オオカミとは因縁浅からぬ場所。ぜひ一度は訪れておくべきかと」

 そこで何が起こったのか、くわしいことは教えてくれませんでした。それは自分の眼で確かめたほうがよいということなのでしょう。
 かつて知り合った西の森の魔女エライザさんもそうでした。
 己の足で探し、己の目でたしかめて、一つずつ理解していく。与えられた答えよりも、自分で考えてたどりつき、導きだした答えにこそ価値があると言っていました。
 おおいなる成長のためにはきっと必要なこと。
 やさしく守るだけが愛ではありません。安易に手を差しのべることも。
 ときには相手のことを想って、きびしく突き放す愛があることを、ルクはもう知っています。
 だからこそ彼は北の極界と呼ばれる地へと向かうことにしました。

 ギザギザした険しい山々の尾根に沿って、軽い足どりで進んでいく水色オオカミ。
 真っ白な万年雪をサクサクと踏んでは、足の裏でその感触を遊び、高地に咲くめずらしい花のニオイをかいだり、荒々しい岸壁の表面に浮かんでいる巨大な何者かのホネに小首をかしげ、そこから見える雄大な地の国の景色を独り占めしつつ、旅を続けます。
 やがて山の稜線が終わり、そろそろ山岳地帯も途切れるという辺りにまできたところで、ルクの耳に聞こえてきたのは、「ピューピュルリ、ピーヒョロロ」という音色。
 はじめは気まぐれな風が、谷や岩の間を通り抜ける際に鳴らす音なのかとおもったのですけれども、すぐにちがうとわかりました。歌自慢の小鳥たちのさえずりともちがう。
 だってその音は一定のリズムにて、音楽を奏でていたのですもの。

「これはたしか……、口ぶえとかいうやつだ」

 弓の街の競技にて、リリアが活躍すると、客席の観客らからよく「ピュイピュイ」と鳴らされていましたから。
 でもあの時のモノよりも、ずっとキレイな澄んだ音色にて、その旋律もすばらしい。
 水色オオカミの子どもが、おもわず足を止めて耳をすまし、聞き入ってしまうほど。

 小躍りしたくなるような楽しい軽快な曲が終わったとおもったら、一転して今度はしんみりとなるさみしげな響きの曲がはじまる。でもイヤなさみしさではありません。心の奥底にある懐かしいという気持ちの延長線上にあるさみしさ。胸の奥に大切にとってあるポカポカでピカピカなモノをゆり起こされる。大切な人たちとの楽しい夢を見たあとの、目覚めの朝のような、うれしいけれども、ちょっとだけさみしい。そんな切なさがこみあげてくる。
 そうかとおもえば、今度はなんとも勇ましい曲となって、すぐにでも駆け出したくなるような気分にさせられる。
 なんと表現ゆたかにして、ズンズンと聞く者の心をおどらせる口ぶえなのでしょうか!

 気がつけばルクの足は、自然と風にのって聞こえてくる口ぶえの方へと向かっていました。
 山間部であるがゆえに、あちらこちらに反響している音。だからたどっていくのに少し手間取りましたが、なんとか音のする場所を特定することに成功します。
 そうしてたどりついたのは、のび放題の雑草や倒木などで荒れた山道沿いを下っていった先にある吊り橋のそば。
 数本のツルをよじって編み込まれたロープと、木の板で組まれた吊り橋。
 お世辞にも立派とはいえません。細く、せまく、ゆらゆらしてグラグラ、かなりのくたびれ具合。ためしに水色オオカミの子どもが前足をのせてみると、ギシリギシリとこわい音がする。とてもウマや荷をかついだウシが通れそうにもなく、たぶん一度に渡れるのは、人ひとりかふたりが関の山。おそらくは地元の人しか利用しない橋なのでしょう。
 今はやんでしまっていますが、そんな吊り橋の近くから、口ぶえはたしかに聞こえてきていました。
 ですが周囲を探せども、どこにも人間の姿なんてありません。
 ひょっとしたら橋から落ちてしまった者が、助けを求めて吹いていたのかもと考えたルク。それだとたいへん! あわてて吊り橋の下へと降りていきます。

 谷はおもいのほかに深く、底にはちょろちょろと水が流れる浅い川と、コケむした石がゴロゴロしている河原がありました。
 両側は垂直に切り立った崖にて、とてもはいあがれそうにありません。もしもこんなところに落ちてしまったら、水色オオカミとか魔法使いでもなければ、あとはツバサを持つ者でもないと抜け出すことはムリでしょう。
 というよりもこの高さ、人間だったらふつうはとても命はないハズ……。
 竜の谷での一件もあり、もしかしたらここに誘い込むための何者かのワナなのか? と疑い、ルクはちょっと周囲を警戒しました。
 ですがいくら鼻をヒクヒクさせようとも、イヤなニオイはせずに、首のうしろあたりがピリピリすることもなく、なんら危険は感じられません。

 すると、ふたたび鳴りはじめた口ぶえ。
 音をたよりにあたりをきょろきょろ。
 そしてついにすばらしい演奏の主を見つけルクは、たいそうおどろきました。
 だって口ぶえを吹いていたのが、まさかまさかの、しゃれこうべだったのですから。


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