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137 ルクの眼
しおりを挟む銀色をした布の目隠しをはずすと姿をあらわしたのは、夜明け前に西の地平に強くかがやく星のような色をした二つの瞳。
水色オオカミの子どもの眼を、じっとのぞきこんでいたのは、真紅のドラゴンである王妃パランティア。
しばらくしてから顔をあげ、「これならば問題ないでしょう」と言いました。
王妃さまの言葉に、ホッとした表情をみせたのは、同席していた赤さび色のドラゴンのフレイアと黄色のドラゴンのウィジャばあさん。
火の山の噴火に立ち向かい、身も心もボロボロとなり、瀕死の重症をおったルク。
フレイアの手によって竜の谷へと運ばれた彼は、ドラゴンの秘薬「竜のしずく」をあびるほどに投薬というか、クスリのお風呂にどっぷりつかり続けました。その結果、ルクのカラダにはいくつかの変化が起こりました。
中でももっとも目立ったのが、茜色の瞳に宿った竜眼のチカラ。
竜眼はあらゆる真偽を見抜く絶対視の瞳。ですがソレゆえに扱いもむずかしく、持ち主のカラダと心にも多大な負担をかけます。使い方をあやまれば世に乱をもたらす危険も。
だからこそ、その扱い方をしっかりと理解しておかないと、いずれは身を滅ぼしかねません。
ルクのことを心配したフレイアたちは、現在、皇龍の一族にて唯一にして至高の竜眼を持つ王妃さまに、ふだんならばたいへんおそれおおいことながらも、三日三晩も続いた祝賀会のどさくさにまぎれて相談したのです。
すると王妃さまは、娘の恩人のためならばと、快く応じてくださり、わざわざ出向いてくれました。
ここは皇龍の居城内の一角にある明るい庭園。
ラフィールを救ったルクは、仲良しのウルルのすすめもあって、体が本調子に戻るまでは、しばらくこちらでごやっかいになることに。
ほんとうは豪華な貴賓室を用意するといわれたのですが、いかんせんドラゴン用にて、あんまりにも大きすぎる。さながら巨人の部屋をあてがわれた小人のような環境は、かえって落ちつけません。
そこでドラゴンたちにはちょっとした庭ですが、水色オオカミの子どもにとっては森のような場所を借り受けることにしたのです。
ルクの眼の様子をじっくりと観察していた王妃さま。
「この子の眼は、わたくしの眼とは少々ちがうようですね」
「そうなのですか?」
「えっ! 竜眼じゃないの?」
パランティア妃の言葉におどろいて見せたウィジャとフレイア。
彼女たちはてっきりそうなのだとばかり思い込んでいたのです。
「ええ。この子の場合、わたくしのように何もかもを見通すようなチカラはありません。どちらかと言うと、ことの真偽を見るというよりも、感じるといったほうがいいのかもしれません」
「あくまで感覚のひとつ、ということでしょうか?」とウィジャ。
それにコクンとうなづいてみせる王妃さま。
「目で見るのが視覚だろう。耳で音をとらえるのが聴覚。舌でウマいマズいを感じるのが味覚。鼻でニオイをかぐのが臭覚。あとは手とかでさわるヤツが触覚だったか。それらとはまた別物ってことかな」と、指折り数えながらフレイア。
「そうね、フレイアちゃんの考えが近いかも。わたくしの竜眼はあくまで視覚の延長線上にあるもの。より上位のチカラ。でもルク君の場合は……、視界の中に浮かぶ違和感、耳の奥にかすかに届く異音、あるいは特定の領域にあるモノを無意識のうちに拾うとでもいえばいいのかしら」
自分の言葉にどこか自信なさげな王妃パランティア。うーんと考え込んでしまいました。竜眼とは似て非なるチカラと聞かされて、二人も眉間にしわが寄るのをおさえられません。
ちなみに話題の中心となっているルクは、こんなムズかしい話にはまるでついていけませんので、とっくにこの場から離れて、あちらでウルルやラフィールたちと遊んでいます。
それを眺めながら思案を続ける三人。
「特定の領域……、なるほど。ですがラフィールさまの一件から察するに、どうやら拾うだけではなくて、通じることも可能なのかもしれませんね」
ウィジャばあさんの見解に、「そうそう、そんな感じなの」と王妃さま。
「ルクから聞いたんだが、あの二人ってば石の中、というかラフィールの精神世界か、そっちで会っていたらしい」
「精神世界……、心に入り込めるチカラでしょうか」
「わたくしもその話はラフィールから聞きました。だからはじめはウィジャと同じように考えたのだけれども、どうもちがうみたい。あれはラフィールのカラダが石だったから可能だったと思うの」
「「?」」
「だってそういうチカラを宿していたら、ラフィールだけじゃなくって、まっさきにフレイアちゃんやウィジャ、ずっと近くにいたウルルとかの心に入り込んでいないとおかしいもの」
「たしかに」
「それもそうだな」
「そこでわたくしたちと、あのときのラフィールとのちがいは何かと考えたら。答えはおのずと見えてくるわね」
ルクの眼に宿ったチカラは、竜眼とはことなる。
ちょっとした真偽を感覚的に見破るだけでなく、モノに宿った意志などの、ふつうでは認識できない特定の領域に存在するモノと通じるチカラ。
それが王妃パランティアの出した結論でした。
これにフレイアとウィジャも「なるほど」とうなずく。
「モノに宿る意志を聞くチカラか……。なんだろう、これはこれでやっかいごとのニオイがぷんぷんするのは、わたしの気のせいかな」とはフレイア。
「気のせいではないでしょう」とウィジャ、「どんな難事件でも凶器と現場から一発で犯人を特定できるんですから。あと宝探しとか失せ物探しにも便利そうです」
名探偵ルク、最強の捜査官ルク、トレジャーハンタールク、そんな姿をぽわぽわと頭に浮かべた二人。
でも「心配はいらないわ」と王妃さま。
「だからこその特定の領域なのよ。なんでもかんでも拾っていたら、それこそわたくしの竜眼の比ではありませんからね。ラフィールの件からもわかるように、よほど相性がいいか、もしくは強いモノでないかぎりは、まず感知することもないでしょう」
たんに強い思念だけでなく、水色オオカミの子どもの心の琴線にふれるモノがないと発動しないルクの瞳。
そのことをきいて、ちょっと残念そうな表情を浮かべるフレイアとウィジャばあさんなのでした。
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