水色オオカミのルク

月芝

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120 暗夜行路

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 雨上がりの雲間から差し込む陽射しの階段。
 これをつたって天の国から地の国へと降りてきたのは、水色オオカミの子ども。

 そばの木の洞にいた野ウサギの兄弟に「こんにちわ」と声をかけました。
 でもウサギたちは「ヘンな色のオオカミだ!」とおどろいてこわがり、一目散に逃げてしまいました。
 ポツンととり残された水色オオカミは、しょんぼりしてトボトボと歩きはじめます。
 右も左もわからない森の中。
 昼間にもかかわらずうっそうとしており、うす暗く、とっても陰気。足元もぬかるんでおり、べちゃべちゃとドロがはねて不快です。
 天の国のある空の上にはない植物の青臭いニオイに、じめじめした湿気とムッとした熱気が混ざって、息をするたびに胸のあたりがムカムカしてくる。
 枝にとまっていたカラスを見かけたので声をかけたら、「ひぃ」と悲鳴をあげて逃げられました。森にいたほかの動物たちも、みんな似たりよったりの反応。
 だれもまともに相手をしてくれません。

 さみしい……。

 ドロだらけのカラダに、汗でへにょんとなった毛。なんだかとっても惨めな気持ちになってくる。
 そんな沈んだ気持ちを抱えたまま、歩き続ける水色オオカミ。
 森を抜け、原っぱに出て、やがて整備された道をみつけました。
 この道沿いにいけば、きっとだれかがいるだろうと走り出す。

 やがて二頭のウマに引かれた馬車を見つけました。
 シッポをふりながら近寄ると、いきなり矢が飛んできて、追い払われました。
 旅人に声をかければ怒声とともに石を投げられ、ようやく人里を見つけても、近寄ったとたんに、大勢の人間たちから剣を向けられ、ときにはウマにまたがった甲冑姿の騎士たちに、槍で追い回されもしました。
 森では狩人たちに狙われ、ようやくオオカミの群れとめぐりあえたので、声をかけても「おまえなんて、オレたちの仲間じゃない。そんな気色のわるい毛のオオカミなんぞいるものか!」と言われてしまう。

 どこに行っても、だれからも相手にされない。
 こわがられて、おびえられて、煙たがられて、ヒドイときには殺されそうになる。
 そして投げかけられる言葉は「気持ちわるい」「ヘンな色」「喰われるぞ」「こわい」「あっちへいけ」「このやろう」「不吉な」「不気味な」「縁起でもない」「こっちへくんな」「殺せ」「追い払え」「逃がすな」といった、自分の存在を否定されるようなものばかり。
 それは見えない刃。
 心がザクザクと突かれ、切られ、刻まれる。
 あげくに殴り飛ばされ、踏みつぶされる。

 つらい……。

 向けられる視線は冷たく、双眸に浮かんでいるのは明確なる拒絶。
 だれも受け入れてくれない。
 だれも認めてくれない。
 だれも口をきいてくれない。
 だれも耳をかしてくれない。
 だれも自分の名前を呼んでくれない。
 だれも愛してくれない。
 人も、動物も、地の国という世界すらもが、水色オオカミという存在を否定する。
 たとえ乗っていた船が沈没して、一人きりにて無人島に流れついたとしても、これほどの孤独にはならないであろう。

 くるしい……。

 それでもなんとか足を動かし続けて、ようやく地の国にいる同族の水色オオカミに会えたと思ったら、「ここはオレのなわばりだ。おまえはどっかへいけ」と言われて、またもや拒絶される。

 どこにもボクの居場所がない……。

 もはや顔をあげている気力もなく、うつむきながら、あてもなく歩き続ける水色オオカミの子ども。
 冬の晴れた空のような澄んだ青をしていた毛は、すっかりうす汚れ、色艶を失い、ごわごわと縮れてしまい、足の裏はすり切れ、かかとから血がにじみ、爪も割れてしまっている。
 それでも止まることが許されない。それが天の御使いの勇者の使命なのだから。
 足を引きずるようにして、前へ前へ。
 いつしかまるで先の見えない暗いトンネルの中を歩いていました。
 何も見えない、何も聞こえない、自分がどこに向かっているのかもわからない。
 ついにその足がとまる。
 チカラつき、ふらりと倒れた体。鉛のように重くて、氷のように冷たい。
 まぶたすらも開けていられないほど。

 そんなときです。
 ふわりとやわらかな何かに包まれたかと思うと、凍えていた体がポカポカとしてきました。

 とってもあたたかい……。

 ぬくもり、それは地の国にきて、はじめて知る感覚。

「よくがんばったな。だが、もうよい。わらわの膝の上でゆっくりと休むがよい。なぜなら、ここがおヌシの旅の終着点なのだから」
「ここが……、ボクの……」
「そう。わらわこそがおヌシの探し求めていた者」
「あなたが、あなたのそばが……、ボクの居るべきところ?」
「そうだ。だからこれからは安心するがよい。たとえ世界中のすべてがおヌシを否定しようとも、わらわはけっして否定せぬ。つねにおヌシとともにあろうぞ」

 いつのまにか水色オオカミの子どもは、その茜色の瞳から涙を流していました。
 だから彼には自分を抱きしめている者の顔が、涙でにじんであまりよく見えなかったのです。
 女神のごとき美貌を持つ、プラチナブロンドの女性。
 その表面に浮かんでいた、世界でいちばん残酷な微笑みを。


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