114 / 286
114 悪夢の始まり
しおりを挟む避難するために弓の街を発った商隊から消えたリリア。その姿を求めて駆けだした水色オオカミのルク。
森に入り、街へと近づくほどに、モウモウと煙をあげている火の山の姿が、いやでも視界の中で大きくなっていく。
首のうしろ辺りがちりちりして、全身をぞわぞわ。体のうえを細いヘビでも這いまわっているかのような感覚が強まっていき、胸の奥がキュッとしめつけられる。
予感がする。いや、もはやこれは確信なのでしょう。
だからこそルクはいっしょうけんめいに足を動かしました。
本気の水色オオカミは大地を風のように駆け抜けます。
だから探し人の姿をじきにとらえることに成功しました。
ちょうど街道から弓の街へと通じる門のところで、リリアの後ろ姿をみつけたルク。
人目も気にせずに「リリア!」と叫びました。
その声に立ち止まって、ふりかえった弓姫。目元が真っ赤になっている。きっと何度も泣いては、涙をぬぐうをくりかえしながら、ここまできたのでしょう。
彼女の中では、それだけ故郷に対する思い入れが強いということ。
それでもルクは言わねばなりません。
「ダメだよ、リリア。みんな心配しているよ。すぐにベスさんのところに戻ろう」
「……ごめん、ルク。あたいは、やっぱりお父さんの森を捨てられない。だからあの森と運命をともにする」
「そんな、そんなのいけないよ。フレイアさんも言ってたじゃないか。すべては生き残ってこそだって」
「それはわかっている。きっとフレイアさんが正しい。でもね、あたいはダメなんだ。ダメなんだよ。お母さんが死んで、お父さんも死んで、ひとりぼっちになって、それでもなんとかがんばれたのは、あの森があったから。あのお父さんの森があったから。だからあたいは家に戻るよ」
「リリアっ!」
少女の固い決意を前にして、なんとか説得を試みるルク。
街の出入り口にて話題の弓姫と水色オオカミの子どもが、言い合いをはじめて、何ごとかと、周囲には人だかりが出来ていました。
「ヘンな色のオオカミだな」「うん? あれはリリアじゃないのか」「おい! それよりもオオカミが人の言葉を話しているぞ」「森がどうとかって」「そういえば火の山が噴火するとかデマがながれてたな」「気持ちわるい」「ライトテール商会は全員避難したとか」「あれは棚おろしじゃなかったのか」
リリアとルクのやり取りを聞いた野次馬の中から、ざわざわとそんな声があがりはじめる。
そのときです! まるで地の底から巨人が槍の石突きで、ドンとうちつけたかのような震動が起こりました。
ついに始まってしまったのです。
そのしゅんかん、まるで世界中から音が一斉に消えてしまったかのように、ルクには思えました。
激しい揺れに、みんな立っていられません。
視界が上下左右にふられて、自分が立っているのか座っているのかすらもわかりません。
そんな中で、とっさに水色オオカミの子どもがとった行動は、リリアの服の袖をくわえて思いっきり引っ張ること。
少女とオオカミはもつれるようにして、転がり倒れました。
直後に崩れた正門。石で組まれたアーチ状の天井が歪み、形を維持できなくなって瓦解していく。ルクのおかげでリリアは助かりましたが、これにけっこうな数の人たちが巻き込まれてしまいました。
それだけではありません。街中のいたるところで、石造りの壁や建物が崩れ、門と同じような状況がそこかしこに。
ですがこれは悪夢の序章にすぎませんでした。
地震が来て、次に火の山の煙の色が、濃さが、高さが、これまでとは比べものにならないぐらいに膨れ上がり、空をおおい尽くしました。
昼間なのに急に暗くなった世界。
そんな中にあって、ただひとつ、煌々(こうこう)と赤く世界を照らしていたのは火の山。
人々は見ました。
火の山が、鉄を溶かしたような色の赤い水とともに、ゲホっとノドにつまった何かを吐き出す姿を。
それが何かはすぐにみんなが思い知ることになります。
大小さまざまな焼けた石が、街や森へと飛来。
屋根を貫き、壁をこわし、木々をへし折りなぎ倒す。
人も物もおかまいなしに、容赦なく破壊の雨が降り注ぐ。
それはルクたちとて例外ではありませんでした。
もしも彼が氷の壁で防がなければ、リリアをはじめ近くにいた多くの人たちにも、被害が及んでいたことでしょう。
「あぁ、ルク、どうしよう……、街が森が、みんなが……」
あまりの惨状を目の当たりにして、涙を流し、うろたえるばかりのリリア。
そんな彼女の横っ面をシッポでペチンと叩いたルク。「しっかりしろ」と叱咤しました。
「リリア! いいかい、よく聞いて。きみの大切な森はボクが必ず守るよ。だからきみはみんなをお願い」
「えっ! 守るってどうやって、ちょっと待って、ルク」
そう言うと駆け出した水色オオカミ。
彼が目指すのは街の中央付近にあった大きな噴水のところ。あそこは地下深くから水をくみあげていると、以前に街を見学したときに教えてもらったことを覚い出したのです。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる