水色オオカミのルク

月芝

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108 弓術大会八日目 準決勝

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 馬射部門の準決勝は、リリアとヌートの因縁の対決になりました。
 馬上の人となり、並んで競技が始まるのを待っていた二人。

「あれ?」と声をあげたのはリリア。
 その視線はヌートの手の中にあった弓に注がれていました。
 彼が持っていたのは、今回の大会のために新調したという、あのピカピカの弓ではなくて、かなり使い込まれた暗めの木目の地味なやつ。
 ですがそれを見つめるリリアは、にんまりと満足そうな笑みを浮かべます。

「うん。やっぱりヌートにはそっちの方が似合っているよ」
「ふんっ! どうせオレには、あんな立派なのはもったいないとかおもっていたんだろう」
「ちがうわよ。アレがいい品だってのはあたいだけじゃなくって、ギリクさんにもわかっていたさ。でもね、なんていうか、しっくりきていなかったんだよ」
「しっくりきてない?」
「そうよ。おろしたての服とか革の鎧って、着てたらすぐにわかるでしょう。アレといっしょ。逆に馴染んでいる品ってのは、もう、体の一部みたいなもんなんだ」
「体の一部……」
「それを手放す。しかも苦楽をともにしてきた相棒をだなんて、あたいからすれば自分で自分の腕を引っこ抜くようなもんだね」
「そうか……、だからギリクさんはあんなに怒っていたのか」
「ヌートはさぁ、ごちゃごちゃと、いろんなことを考えすぎなんだよ」
「?」
「あたいは弓が大好き。自分の狙いどおりに矢が飛ぶと、すごくスカっとする。あんたはどうなの?」
「オレは……、オレも弓は好きだ。こいつをやっているときだけは、頭を空っぽにして時間も忘れられるから」
「そうなんだよねえ。ついつい夢中になっちゃう」
「……あぁ」

 二人はそこでいったんダマって、自分たちの手の中にあるモノを、じっと見つめました。
 しばらくしてリリアが再び口を開きます。

「これはお父さんが言ってたんだけど、こつこつ積み上げたもんを、ガリガリ削っては、また積み上げて、そしてまた削る。これをくり返して、最後の最後に残ったもんが、真の矢となるんだってさ」
「ハスターさんの言葉か……、なんだか深いな」
「うん。ぶっちゃけ、あたいはまだぜんぜん足りてない。積み上げるのも削る方も」
「リリアがそれだと、オレなんて、もっとダメじゃないか」
「まぁ、そうだよね。あたいが薪の山だとしたら、あんたのはせいぜいオモチャの積み木ってところかな」
「はぁ? ふざけんな、てめぇ」

 子どものオモチャと言われて、おもわずヌートが声を荒げたところで、ちょうど競技の開始を告げる鐘が鳴りました。
 名前が呼ばれたので、あわててウマをすすめる黒の縮れ毛の少年。

「リリア、あとでおぼえてろよ」との言葉には、べーっと舌をだして答える弓姫。

 ですが、そう言ったヌートの表情はどこか晴れやかで、肩のチカラもすっかり抜けておりました。
 気負っていたものをスルリと脱ぎ捨てた少年。その主の気持ちを代弁するかのように、ウマの足取りもまた軽やかなものでした。



 ほとんど失敗することなく、過去最高のパフォーマンスを披露したヌート。愛馬も彼の要求によくこたえてくれました。その活躍に客席からは惜しみない拍手と賛辞がおくられました。
 ライトテール商会の跡継ぎではなくて、一人の優れた弓士として、ついに彼が世に認められたのです。
 しかし、そんな声をもはるかに上回る大歓声がわき、競技場どころか周辺一帯の空気をも大きくふるわせたのは、リリアとビエラのコンビ。
 人馬一体と化した彼女たち。実際にはまるで一体化せずに、各々が役割に徹していたのですが、周囲の目にはそう見えます。
 最後の砂場の直線にて、手綱を完全に手放し、下半身だけでウマをあやつりながらの疾走。
 リリアが的を射るたびに、「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」と客席から合唱が起こり、それが最後の「とう」を数え終えたとき、すべての老若男女ら観客たちが総立ちにて、ゴールした弓姫の名を叫びました。

 リリアたちの活躍を競技場の隅っこにて見ていたヌート。「やっぱり、とんでもねえなぁ……」とつぶやかずにはいられません。ですが、その表情にもはや険はなく、ただただ純粋な憧れを抱いた瞳があるばかり。
 そんな彼のところに、ウマでとことこやってきたのはクロフォード。

「いやはや、まったくだね。どうやら私たちはとんでもない女性と、同じ時代に生まれてしまったらしい。ところで義弟よ。これから彼女と戦うことになる義兄に、なにか助言はないかね?」
「……とりあえず、ごちゃごちゃ考えるな、ですかね」
「ほうほう、なるほど。たしかに彼女の活躍を目の当たりにして、つい気負ってしまいがちになるな。わかった、さすがだ、我が義弟よ。その言葉を胸に、お兄ちゃんは決勝に臨むとしよう」
「えーと、その義兄弟ってやつ、本気なんですか?」
「あたりまえじゃないか! 大会が終わって落ち着いたら、今度はいっしょに泊まりがけで、狩りに行こう。そしてたき火を前に夜通し語り合い、酒をくみかわし、より義兄弟のちぎりを深くかわすのだ」

 どうやら大会期間限定ではなくて、この先も長くつき合うことになりそうです。
 せっかくいろんなことが吹っ切れたというのに、新たな頭痛の種の出現に、顔をしかめるヌートなのでした。


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