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104 弓術大会八日目 鉄の糸
しおりを挟む馬射部門の二日目の朝。
競技は本日ですべて終了。
あとは明日の表彰式とパレードにて、街をあげてのどんちゃんさわぎが待っている。
あてがわれた部屋から顔をだし、外気にふれて、ブルルと鳴いたのはビエラ。
「やばいっす。この木の家、めっちゃいいっす。なんともいえないニオイがみょうに落ちつくっす。空が見えないのはきゅうくつだけど、でもいいっす。このくつろぎの空間、とってもクセになるっす。あぁー、こうやって女は都会に染まっていくんすね」
ビエラが寝泊りしていたのは、リリアの家の裏手にある木の洞を改造してつくられた部屋。ふだんは物置として使用されているのですが、助っ人が滞在するのであわててかたずけられました。彼女はべつに野宿でかまわないと言ったのですが、家主が頑として受け入れなかったのです。
風の草原から助っ人にやってきた茶毛の牝馬が、水色オオカミのルクに連れられて、リリアの家についたのは大会六日目のお昼前。
せっかく駆けつけても、つかれてヘロヘロでは意味がありません。ですので体力を温存しながらの旅程だったこともあり、ここまで時間がかかってしまったのです。
明日の競技までは、もう半日程度しかありません。
さすがにふつうならば、この短い時間でウマと人が信頼関係を築くことはきびしい。
ですがそこで威力を発揮したのが、ルクの持つ真なる言葉。
これをもって地の国のいろんな住人たちと話せるルクが通訳することで、リリアとビエラは初見時から、互いの意志の疎通が可能となりました。
「キレイで立派なウマ……。ほんとうにあたいが乗ってもいいの?」とリリア。
「おや、軽そうなお嬢さんでよかった。そっちのごつい剣を持った姉さんだとさすがにムリっす。というかなんだかおっかないっす。それにしても、こう、なにやら光るものを感じる子っすね」とビエラ。
なんとなく性格が似ているせいか、ルクの仲介もあって、すぐに意気投合した女たち。
簡単な合図だけをとり決めて、走るほうは自分がうまくやると言うビエラを信じて、手綱は格好だけにし、弓に専念することにしたリリア。
勝手に走って、障害物を越えてくれる、とっても気の利くかしこいウマ。
ちょっと反則のような気もしますが、時間がないのでちゃんと乗りこなすのは、また今度ということに。
そうして夕方まで訓練を続けて、のぞんだ大会七日目、馬射競技初日。
ビエラは他のウマたちを圧倒。そして馬上のリリアの弓も終始安定しており、見事に翌日の決勝へと駒を進めました。
同じく決勝進出を決めたクロフォード。
主同様に端正な顔立ちをした、濃紺毛の相棒にまたがりながら、くつわをならべてリリアのウマをホメていると、そこにヌートも愛馬とともに顔をみせました。こちらも決勝進出を決めています。
「どっからパクってきやがったんだ? こんなスゴイの」
「失礼いわないでちょうだい。この子は友だちが困っていた私のために、わざわざ遠くから用意してくれたんだから」
あいかわらずの気安い悪態に、顔をしかめたリリア。べーと舌を出しながら言いました。
しかし困っていたと聞かされて、ヌートとクロフォードは怪訝そうな表情を浮かべます。
聞き捨てならない言葉に、二人が問い詰めようとしたのですが、ビエラが空気を察して、トコトコと歩き出してくれたので、追及から逃れることに成功したリリア。
危うくいらないことを口走って、面倒なことになるところでした。大会もいよいよ大詰め。あと一日のことなので、いまさら盛り上がっている祭りに水を差すヤボはしたくありません。
ありがとうと首すじをなでると、ビエラは「ヒヒン」と気持ち良さげに鳴きました。
準備をすませて馬射の決勝戦が行われる会場へと意気揚々と向かう、リリアとビエラ、フレイア、ルク。二人の女性とウマに水色オオカミという、ちょっとかわった組み合わせの一行。
と、急にフレイアがみんなに止まるようにと言いました。
よく見れば、通りの先に不自然なきらめきが、ギラリ。
道を横断するように細い糸のようなものが、何本もピンと張られており、不穏な光を放っている。
ひとりそれに近づいたフレイア。
指先でつついてみては、何やら確認をしています。
「ふむ。ふれたとたんにワナでも作動するのかと思ったが、ちがうようだな。それに切れる糸の類でもないし、毒もぬられてないか」
「切れる糸ってなぁに?」とルク。
「あぁ、見た目は細いヒモなんだが、刃物みたいに使える鉄の糸のことさ。よからぬことを考えるヤツが好んで使う隠し武器なんだが、これはちがうね。でも……」
でも、ウマがうっかり足を引っかけたり、ウマにのっている人の体に引っかかったりしたら、かなり危険だと言われて、思わずゴクリとツバを呑み込んだリリア。
だって、これは明らかに彼女たちを狙った仕掛けなんですもの。
ここにきて街の馬屋に働きかけていた何者かが、ついに直接的な手段に出たようです。
「いいだろう。そっちがその気なら、こっちもコイツでこたえてやろう」
そう言って、スラリと背中の大剣をぬいてかまえた女傭兵が、不適な笑みを浮かべました。
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