水色オオカミのルク

月芝

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102 弓術大会五日目

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 弓の街に隣接する森の中の特設会場にて、行われていたのは走射の競技。
 自然を活かして作られたコース内を駆け巡り、あちこちに隠されるように設置された的を射抜きながら、ゴールまでの時間を競います。
 いかに速くゴールをしようとも、的にちゃんと矢を当てないと減点されてしまう。
 的の位置は毎回変更。それだけではなく的の数まで毎回クジびきで決められ、しかもその数は選手には教えないという仕組み。
 だから選手たちは「あと何枚」とかを確認できずに、たえず見落としの不安を抱えながら、駆け回ることになります。
 あまりのんびりと時間をかけてはいられない状況下で、さらに選手の精神を追い詰める。
 どこのどいつがこんなイジワルなことを考えたんだ? ともっぱら評判のルールに、多くの参加者らが苦しめられる中、颯爽と駆けては、次々と的を射抜いていくリリア。
 走りながら視線をせわしなく動かし、的を視界のすみに捉えたと思えば、次のしゅんかんには矢が飛んでいく。一切、立ち止まりません。
 なんという早撃ち! あまりのためらいのなさに、観客だけでなく他の選手たちからもどよめきが起こる。

 かまえて、狙いをしぼり、矢を放つ。
 おおまかにわけると、この三つの動作で構成されている弓術。
 このうちの「かまえ」と「狙い」の二つをほとんど同時に行えるようにと、フレイアから徹底的にしごかれたリリア。
 これは命中精度をあえて落としてでも、速さを選択する方法。
 先の先をとる。
 数多の戦場を渡り歩いている女傭兵であるフレイアは、先制攻撃の重要性を熟知しています。戦いの場において、先に攻撃を放てるのは、圧倒的有利。
 だからこれは傭兵の弓の使い方。それを狩人に伝授したのです。
 本来ならば、いそぐあまり狙いが甘くなって、ハズれる確率があがります。
 でもそのハズレる確率を減らしていたのが、これまでにリリアが積み上げてきた基礎鍛錬。
 物心がつく前から数えきれないほど、くり返してきた動作。
 初めて竪琴を手にした者が、たどたどしくポロンと弦をならしていた五本の指が、やがて生き物のように動けるようになって、音がなめらかにつながり、すてきな曲を奏でられるように。
 初めて道具を手にした者が、たどたどしい手つきにて、素材と向き合い続けているうちに、見事な工芸品を仕上げる職人となるように。
 ひたすら、あきれるほどに、気の遠くなるほどの時間、くり返された単純動作。
 体どころか、血肉や骨のずい、魂にまでをもきざみ込まれたソレは、けっして裏切らない。
 弓の街の大会へと集った他の参加者たちも、ソレはきっと同じ。
 みんなが多くの時間と労力と情熱を、弓に捧げてきた。
 だからほんとうならば、みんなにも同じことが出来るはず。
 ……なのに出来ない。
 それはほんのわずかでも、己の内に疑う心があるから。

 やるだけはやった、でも……。
 自信はある、でも……。
 よくがんばった、でも……。

 泡のごとくプクリとあらわれては、はじけて消えるをくり返す「でも」という否定の気持ち。
 どこかで完全に自分自身を信じきれていない。
 これがためらいとなって、己の心をしばり、動きをじゃまする。
 いわば心を見えないクサリでつながれた状態で走り回っているようなもの。
 ですがリリアはこのクサリから解き放たれています。
 彼女が尊敬する父を、その父から施された鍛錬を、託された技を、名工ギリクが調整してくれた弓を、まったく疑っていなかったのです。
 信じると言葉で口にするのは簡単です、そう思い込むことも。
 でもそれを真に心の底からとなると、これが非常にムズかしい。
 一切のよどみなく、一切のくもりなく、一切のまよいなく、手の中の弓とともにある。
 それを成した者と、そうでない者たちとの差は明確でした。



 弓術大会五日目。
 制射部門に続いて、走射部門をも制した若き弓姫の話題で、特設会場はわきにわいていました。

「さすがはハスターさんのご息女だ。これでもけっこう自信があったんだけどね」

 そう言いながらリリアと握手をかわしていたのは、貴族の青年。
 黄金色の髪がさらさら、すらりとした長身で足もとっても長い。洗練された仕草とさわやかな笑顔にて、観客席からの黄色い声援を独り占め。
 制射部門では二位、走射部門では三位という優秀な成績をおさめているクロフォード。
 名門貴族のロロノア家の三男坊。騎士の家系にしては珍しく弓を好み、幼い頃から野山を駆け回っていた。優れた弓士の指導をあおぎ、腕を磨き続けて、満を持しての大会参戦であったのですが、そこに立ちふさがったのが伝説の狩人のご息女。
 なみの貴族ならば、ここでヘソを曲げるところなのですが、彼はちがいました。
 互いを高めあえる存在の登場をよろこんだのです。
 クロフォード青年は見た目だけでなく、心の中までさわやかでした。

 健闘を称えあう、なんとも絵になる男女を、苦々しげににらんでいたのは黒のくせっ毛頭のヌート。
 彼は制射部門で三位、走射部門では五位という成績。こちらも立派なもの。ですがリリアを一方的にライバル視している彼からすれば、とても満足のいく結果ではありません。
 それでイラ立っているところに、ハンサムな青年の登場にずっとピリピリしっぱなし。おかげで取り巻き連中も、うかつに声をかけられないほど。

「次の馬射では負けないからね」

 ウインクをしたクロフォード。黄色い声援を根こそぎさらって会場をあとにしました。

「次こそはオレさまが勝つ!」ヌートもこれに続きます。
 あとに残されたリリアは、ちょっと困り顔にて頬をぽりぽり。
 盛り上がっている二人にはわるいのですが、あいにくとまだルクは戻っていなかったので。
 このぶんでは馬射の競技は、やはり棄権するしかなさそうです。


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