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98 弓術大会 予選
しおりを挟む年々増える大会参加者。
それにともなって実施されるようになったのが予選会。
他の街での祭事でもおこなわれており、方法は様々ですが、これによって半数近くがふるいにかけられることになる。
弓術大会での予選では、運営側が用意した弓と矢を用いて、定められた距離に設置された木の的を射抜くだけ。
これによって道具の優劣ではなく、純粋に技量をはかるのが目的。
ただし使用できる矢は一本かぎり。
やり直しナシの一発勝負。
衆人や参加者らの視線にさらされる異様な雰囲気。ふだんとはまるでちがう空気と慣れない道具。ハズせば一年の努力がムダとなる緊張感。
たった一本の矢の行方によって、弓術の三部門すべての参加資格の有無を決する。
これらが想像以上に参加者の肩におもくのしかかり、指先がふるえて、その鏃(やじり)の狙いを惑わせる。
技量のみならず、胆力や精神の強さをも試される。
だからこそ、そんな大事な場面の第一射を、誰よりも先にあっさりと決めたリリアに、おもわず会場内がどよめきました。
通例では、気がせいた者が、あせって矢を射て失敗。それにより緊張がうすれて、他の参加者らの心に余裕が生まれるというのに。
それをまだ若い娘が、初っ端からスコンと見事に的をうち抜いたものだから、あとに残された者たちの方が、逆にあせることになってしまいました。
その結果、半分どころか、六割近い者たちが本来の実力を発揮できずに、脱落となることになりました。
本選の予定と、制射、走射、馬射、三つの部門の詳しい説明が運営側からされる会場に集っていたのは百二十名ほど。彼らが本選への出場を決めた人たちです。
その中には黒い縮れ毛頭のヌートの姿もありました。
この百二十人のうちでも、三部門すべてに参加するとなると、さらに数を減らして、五十六名になります。
なにせひと口に弓の職業といっても、微妙にちがいますから。
たとえば弓兵として仕官している兵士ならば、城壁の上や尖塔、あるいは陣地内にて、制止した状態で弓を打つ機会が多いために、むいているのは動かずに次々とくり出される的を狙う制射部門になります。
エモノを求めて森を駆けまわっている狩人ならば、やはり設定されたコース内を移動しつつ的を射る速さを競う走射部門との相性がいいです。
そして馬射部門のように、騎乗にて数々の障害物を越えての射撃ともなると、ウマの扱いに長けている傭兵とか騎士とか、あと商隊の護衛をしている者が圧倒的に有利。
だからこそ三つすべてを制する総合部門での優勝は、とってもムズかしい。
それを八連覇もしてしまったリリアのお父さんのハスターさん。彼がいかに常人離れした技量の持ち主であったのかということ。
いちおうはリリアも父にならって、すべての部門に参加を申し込んだものの、制射と走射の二つならばともかく、馬射でまで優勝を狙うほど、身の程知らずではありません。
だから試合で使うウマは、借りてすまそうと考えていたのですが……。
「えっ! 貸し出せるウマが一頭もいないの?」
「すまねえ、リリアちゃん。具合のいいのは全部、出払ってしまっているんだ」
「そうかぁ、じゃあ仕方ないよね。ムリさせたらウマたちがかわいそうだし。いいよ、他をあたってみるから」
「ほんとうに、すまねえ」
何度も頭をさげる馬屋のオヤジ。
気にしないでと笑顔を見せたリリアでしたが、店を出たとたんに困り顔になりました。
予選もすんで、詳しい説明も聞いて、あとは三日後から始まる本番を待つばかり。
だから帰りに馬屋に立ち寄ったところ、店主は貸せるウマがないと言う。
祭事だけでなく、商隊や個人で借りる人たちもいるので、こんなこともあるかと二軒目の馬屋に行ったのですが、そこでも断られ、ついには先ほどの三軒目でも。
で、手当たり次第に街中の馬屋を回ったのですが、まさかの全敗。
さすがにこれはおかしい……。
ここまでじっとガマンしていたフレイアが、最後のところでオヤジの胸ぐらをつかみ、「どういうことだ!」とスゴんだのですが、相手は半べそをかきながら「かんべんしてくれ」とくり返すばかり。
見かねたリリアが止めに入っていなければ、きっとおおごとになっていたことでしょう。それぐらいの剣幕でしたので。
街をあとにして、家へと戻るリリアとルク。街に宿をとっているフレイアも心配して、ついてきています。
「どうしよう。まいったなぁ……」とリリア。
ウマにのって弓を射る馬射部門は、大会の最後の方。
初日と二日目が制射部門。
一日休みをはさんで、四日目と五日目が走射部門。
そしてまた一日休みをはさんで、七日目と八日目が馬射部門となり、九日目に表彰式とパレードとの予定になっています。
競技の棄権はできるのですが、当然のごとく得点はなし。それだけでなく大会運営を妨げたとして、獲得得点から三割もの減点が課せられてしまいます。
総合部門は三つの競技の平均点にて順位が決まり、ひとつがゼロで減点分まで加わると、腕におぼえありの名人たちがひしめく中では、ほとんど最下位が決定といっても過言ではありません。
「くそっ! きっとあのガキが親のチカラで、裏から手を回したにちがいない」
憤るフレイアさん。ですがリリアはそれをきっぱりと否定しました。
「あいつはバカだけど、さすがにそんな卑怯なマネはしないよ。それにベスおばさんだって」
やり手の商人にして、大きな商会の会長を務め、街の運営にも関わっているベスさん。だからとて我が子かわいさに、こんなことは絶対にするような人物ではないんだとか。
そもそもリリアの死んだお母さんと彼女は親友同士。だから男手一つで何かと不自由しているだろうと、日頃からハスター父娘を気づかってくれていた。ハスターが死んだあともそれはかわらない。むしろいっそう手厚くなったぐらい。
「なんだかとってもいい人みたいだねぇ」
「ふむ、私の早とちりだったようだな。出来た御仁なのだな」
ルクとフレイアの言葉にコクンとうなづくリリア。
ともあれ犯人捜しは、いったん忘れて、問題はウマです。
そこで水色オオカミの子どもはシッポをふりふり言いました。
「街にいないんなら、よそから連れてくればいいんじゃないのかな」と。
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