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92 狩人の娘
しおりを挟む迷いの森の外縁部に沿った道を進んでいたのは、水色オオカミの子ども。
カイロさんとチャチャ姉さんに見送られて、悪魔の山をあとにしたルクは、こんどは道なりに反対方向へと向かっています。
洞くつにあった壁画を目にして、それをなおしたという老人の話を聞き、芸術にふれてみたルクは、ここにきて人間という生き物にとても興味がわいてきました。
これまでに間近で接したのは荒地のグリフォンのところにいたティア姫ぐらい。勇者たちはなんとなくですが、ちょっとちがう気がします。
とはいえ、うっかり街中にオオカミが姿をあらわそうものならば、どうなるかわかりません。
だから迷いの森を迂回した先にあるという国にて、人間たちの営みを、こっそりと見学してみることに決めました。
じきに道が土や砂利のモノから石畳のモノにかわりました。
整備された街道。ここからは人間たちの領域です。
だから周囲に気を配りながら駆け続け、馬車とか旅人がいたら、さっと付近のしげみに身を隠すをくり返す。
迷いの森から遠ざかるようにのびた道は、やがて段々の丘陵地帯へと入り、石ころだらけの殺風景な灰色の荒地を抜け、川の上にかけたられた石の橋へと通じておりました。
橋を渡り終えると、その先には再び広大な森が。そしてそのずっと向こうにはモクモクとけむりをあげている山の姿がありました。
「あれが、チャチャ姉さんが言っていた火の山か……。ほんとうにけむりをはいてる。ここからでもわかるぐらいだから、きっとものすごく大きいんだろうなぁ」
あの山のふもとには、まるで山の四方を囲むかのようにして、四つの石の街があるそうです。
なんでも鉱石がたくさんとれるおかげで、採掘と鍛冶が発達して、とってもにぎわっているんだとか。
北の剣の街では接近戦の武器全般を扱う職人たちが、南の弓の街では飛び道具全般を扱う職人たちが、東の盾の街では防具全般を扱う職人たちが、西には日用品や工芸品全般を扱う職人たちが、それぞれに集っては腕を競っている。
当然、それらの技術を求めて、人々が各地より足を運ぶので、どこの街もたいそう活気があるそうです。
これらの知識はすべてチャチャ姉さんからの受け売り。
石の街は、人間初心者にはちょっと難易度が高いので、くれぐれもこっそりのぞく程度にするのがいいよとの助言つきにて。
伝説の悪魔にそう言われては、従わないわけにはいかないので、ルクもそのとおりにしようと考えていたのですが……。
森から吹く風にまじって、かすかに血のニオイがしました。
ピリリと緊張した顔つきとなる水色オオカミ。
周囲を警戒していると、なにやら街道のわきの方から、何者かが駆けてくる音が近づいてきます。
とっさに大地に四肢をはり身構えたルク。
と、しげみの木々の間から飛び出してきたのは、ひとりの女の子。弓をかついで軽そうな革の鎧を身につけており、格好は狩人のソレです。
女の子はルクの茜色の瞳と目があって、いっしゅんだけギョッとした表情を浮かべましたが、かまわずにそのまま道を横断。反対側のしげみへと姿を消しました。
そんな彼女をものスゴい勢いにて追ってきたのは、大きなイノシシ。「あの娘っ子、どこへ行きやがった!」とプリプリ怒っており、ルクのことなんてまるで眼中にありません。
あらわれた勢いのままに、女の子のあとを追い、しげみに突っ込んでいきました。
そのお尻には一本の矢が刺さっており、ちょっと血が流れていました。
どうやらさっき感じたニオイは、このイノシシさんのものであったようです。
なんとも騒がしいドタバタ劇。
ですが連中が過ぎ去ったあとも、ルクは警戒をといていません。それどころか急にゲンコツ大の氷の玉をいくつも空中に出現させたかとおもえば、すぐ側の木の上にボタボタ降らせました。
「きゃあ」との悲鳴とともに、ドサリと地面に落ちてきたのは、氷の玉を頭に受けた女の子。ついさっき見かけた狩人の娘さんです。
しげみに飛び込むのと同時に、最寄りの木によじ登って、イノシシの猛追をやりすごした娘さん。
それだけならば、ルクもこんなマネはしません。ですが自分に矢を向けられたとあっては話がちがいます。
「いきなり弓を向けてくるなんて、ひどいじゃないか」
水色オオカミから抗議を受けて、きょとんとなる狩人の娘。それもそのはずです。なにせ世間一般のオオカミは、人間の言葉なんて話しませんので。
真なる言葉を忘れてしまった地の国の住人たち。
動物たちはまだ他の動物らと交わす言葉を持っていますが、大部分の人間たちは他の種族と交わす言葉をすっかり失っています。
ルクとふつうに接していたティア姫や勇者たちが、どちらかというと変わり種。だもので、娘さんのこの反応もムリからぬこと。
木の上から落ちて、盛大に尻もちをついた狩人の娘。イタタと腰をおさえつつも、それでも弓だけは手放していません。
だからルクがもう一発とばかりに、宙にさっきよりも二回りほど大きな氷の玉を出したところで、ようやく我にかえった娘さん。
両手で頭をかばって、「ちょ、ちょっと待って。あたいがわるかったから。そんなの当たったら、頭がつぶれちゃうから」
「ほんとうにごめんよ。あんまりにもキレイな青い色だったから、毛皮に目がくらんで、つい欲をかいてしまったんだよ。火の女神さまに誓って、もう二度と弓を向けないから許して」
弓を脇に置いて、地面に正座をして両手をつき、ペコペコなんども頭を下げる女の子。
すっかり反省してごめんなさいをしたので、ルクは許してあげることにしました。
謝罪が受け入れられて、ほっとした娘さん。
「あぁ、よかったー。それにしてあんたスゴイんだね。気配を消していたのにあっさりと見やぶるんだもの。あのチカラといい、どうやらただのオオカミじゃなさそうだね」
「ボクは旅をしている水色オオカミのルク、よろしくね」
「あたいはリリア。ごらんのとおりの狩人さ。ところで水色オオカミって、なに?」
自己紹介がてら、ルクが天の国より降りてきたことや、御使いの勇者の旅のことなんかをかいつまんで説明したら、ひたすら「すげー」を連呼していたリリア。
茶色の瞳をくりくりさせて興奮し、適当に短く切りそろえたであろう同じ色のくせっ毛のぼさぼさ髪の頭をゆらしている。
どうやら活発なお嬢さんは冒険譚の類が大好物みたいです。
もっともっと話を聞かせて欲しいとせがまれて、リリアのお宅にお邪魔することになった水色オオカミ。
なし崩し的に人間と接する機会を得たルク。
はたしてこの出会いは、彼の心に何をもたらすことになるのでしょうか?
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