水色オオカミのルク

月芝

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68 同じ空の下で

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 ろくにあいさつをかわす間もなく、師匠である翡翠(ひすい)のオオカミのラナは、黒いまだらオオカミを追っていってしまいました。
 いずれ近いうちに、各々の道を行くことは言われていましたが、あまりにも突然の別れ。
 ポツンと一頭だけとりのこされた水色オオカミの子ルク。
 しばらくのあいだは、ぼんやりと星の都のある湖をながめていましたが、じきに重い腰をあげました。

「ありがとう、ラナ」

 ぽつりと感謝の言葉をつぶやき、ルクもまた自分の道を歩きはじめます。
 ひさしぶりのひとりぼっち。
 うつむいていたら、ちょっと悲しくなってきたので、空を見上げます。
 どこまでも続く空。
 みんなこの空の下にいて、同じ大地をふみしめている。
 みんなみんなつながっている。
 そう考えればちっともさみしくない。
 ほうきの先でシュッシュとはいたような、うすいすじ雲が北の方へと流れていく。
 その流れを追うように、ルクの足もまた、自然と北へと。



 ルクがラナとわかれて空を見上げていた頃。
 同じ空の下、とある森でのお話。

「これをどかせばいいのか?」
「うん。でもゆっくりね。このまえの岩みたいにぶん投げないでよ。あれでおどろいて、キツネのタウじいちゃん、ころんで腰をいためたんだから」
「それはわるいことをした。こんどキノコでも集めて、おわびに行くとしよう」

 そう言いながら、森の小道をふさいでいた倒木を、ひょいとかついだのは、色白で華奢(きゃしゃ)な体つきの女の子。肩口でそろえられた黒髪にパッチリした黒目。かわいらしい見た目なのに、軽々と重たい木をあつかっています。
 そのまま運び、道のはしっこへと、そぉーとおろします。
 かすかにズシンと鳴っただけで、たいした音はしませんでした。

「これなら腰をぬかすこともないだろう」
「うん。ありがとう。さて、まだあと三か所もあるから、いそぎましょう」
「わかった」

 昨夜の嵐のせいで、あちらこちらがひっちゃかめっちゃかになった森の中。
 住民らの要請を受けて、片づけをしていたのは、小さな野ウサギの女の子と色白の少女。
 野ウサギの兄妹の末っ子ティーと、バロニア王国の神像の分体のガァルディアです。

「ガァルちゃんがいてくれて、ほんとうにたすかったよ。わたしたちだけじゃ、ちょっとムリだったかも」
「気にするな。私はルクの願いをかなえているだけのこと。それにいまとなっては、もう、おまえたちとも友だちだしな」
「ルクさんかぁ。わたしを助けるのに手をかしてくれたオオカミのおにいちゃんだよね。すっごくキレイな色をしているんでしょう。あーあ、わたしもあいたかったなぁ。それにしたって……」

 話のとちゅうでクスクスと笑いだした野ウサギのティー。
 その原因は、ガァルディアがはじめて野ウサギ一家の前に姿を現したときことを思い出したから。
 土煙をあげて何者かがこの森に近づいて来ると、しらせてくれたのは黒カラスのセンバ。
 あわてて家から飛び出したフィオとタピカの野ウサギ兄弟。
 二人の兄から「隠れていろ」と言われたのに、あとからついて行った末妹のティー。
 遅れて兄妹の両親たちも表へと。
 たしかにモウモウとした煙が遠くに見えます。
 とりあえずいったん家族そろって身を隠そうかと相談していると、その煙が森の入り口あたりで消えてしまいました。
 と、思ったらいきなり彼らの目の前に現れたのは、巨大なオノをかついだ黒髪の女の子。
 木漏れ日をあびてギラリと光る刃のなんとおそろしいこと。
 恐怖のあまり野ウサギのおかあさんは、泡をふいてバタンとたおれてしまい、となりにいたおとうさんとカラスのセンバも巻き込まれて、いっしょにバタン。
 せめて末妹のティーだけでも逃がそうと、彼女をかばうように立つ兄弟。
 ティーはわけがわらずに、オロオロとするばかり。
 そんな彼らに向かってオノをかついだ女の子は話しかけました。

「ふむ、野ウサギの三兄妹。ちとたずねたいが、フィオとタピカ、それにティーというのは、おまえたちのことであろうか?」

 見た目とはちがって、やたらと落ち着いた物腰と話しぶり。
 いきなり少女の口から自分たちの名前が飛び出して、とまどう三兄妹。
 おずおずと「そうです」と答えたのは、しっかり者のお兄ちゃんのフィオ。

「おぉ! それではルクが言っていたのはおまえたちのことなのだな。私はガァルディア、ゆえあって水色オオカミのルクより、おまえたちを守ってくれと頼まれた者。この私が来たからには安心して、日々をすごすがよい」

 髪と同じ色をしたワンピース姿の女の子が、ストンとしたムネを反らして、そんなことを言ったものだから、野ウサギ一家はあっけにとられるばかりでした。

 初めてガァルディアと出会ったときのことを話題にして、「アレはおかあさんだけじゃなくて、だれでもビビるよ」とティーに言われて、ポリポリと頭をかく仕草を見せる女の子のからくり人形。

「いや、面目ない。ずっと神殿の奥にいたせいか、どうにも世事にうとくてな」
「ふふふ、でもいまでは、森のみんなもガァルちゃんにはとても感謝しているよ。チカラ持ちで頼りになるから」
「それはよかった。ではティー、そろそろ次の現場へいこうか」
「うん。えーと、次は小池の近くだね。雨のせいで山から大岩が転げ落ちてきて、なんだかたいへんみたい」

 小さな野ウサギの女の子の手元の葉っぱのメモには、森のみんなからのお願いごとが、たくさん書き込まれてあります。
 兄たちが苦労して持ち帰ってくれたクスリのおかげで、すっかり元気となったティー。
 いろいろあってガァルディアに一番馴染んだのは彼女でした。いまでは二人で組んで森の便利屋さんみたいなことをしています。
 おかげで毎日、森のあちこちを駆け回って大忙しです。

 次の現場へと向かう道すがら、ふと、空を見上げたティー。
 そこには澄んだ青が。

「ルクさんも、あれぐらいキレイなのかなぁ」


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