水色オオカミのルク

月芝

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54 魔女王の玉座

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 姿を見せたり消えたりしながら、世界中の空を気まぐれに浮遊している島。
 そこにそびえる美麗な城に君臨するは、白銀の魔女王レクトラム。
 プラチナブロンドの長い髪をゆらしながら歩く姿は、聖女のごとし。
 比類なき美の化身。地上に舞い降りた女神。ですが内におおいなる闇を抱える女性。
 レクトラムがゆっくりとした歩みにて、檀上にある玉座へと近寄り、静かに腰をおろす。
 しばらくは無言のまま、自身の人指し指にて、トントンと肘かけを軽く叩いておりました。
 その音が静かな玉座の間によく響く。
 はりつめた空気の中、片膝をついて、じっとうつむいていた赤髪の女は、冷や汗たらたら。まるで生きた心地がしません。

 この場に居たのは魔女王レクトラムと配下の三名。
 主人のとなりに直立不動にて控えている執事服の男性はコークス。夜陰に近い藍色のツバサを持つ大ツバメの化身にして一番の側近。魔女王より、もっとも信任の厚い者。服装こそはそのような格好をしていますが、たたずまいは軍人か武人のよう。そのことからも女主人の身の回りの世話だけが、彼の仕事ではないのは明白。精悍な顔立ちながら、右目には眼帯がはめられてある。
 玉座の正面にて、片膝をついている女はミラ。紫の目をした肉感的な赤髪の若い女性。赤い大蛇の化身にして、かみなりの魔法を得意とする者。
 彼女は、ボルバ王国とロガリア皇国を巻き込んでのグリフォンを手に入れるための策略を失敗した報告のために、参上していました。
 どんなおしかりを受けるのかと、ずっと緊張しっぱなしの女の姿を、壁際から興味なさげに見ていたのは、黒いまだら模様の水色オオカミ、ガロン。

 トントンと鳴っていた指の音がやみました。

「ふむ。失敗したとな。それでキサマは、おめおめ逃げ帰ったと」

 声を荒げるでなく、淡々とした物言い。そこには一切の感情の色がみられません。ですが、それがたまらなくおそろしいミラは、ブルブルと体がふるえるのを止められません。
 しかし彼女も伊達に長い間、この怖いご主人さまにお仕えしていたわけではありません。ちゃんとごきげんとりの、ステキなお土産を思いついておりました。

「はい、聖剣を持った勇者どもやグリフォンのじゃまもあり……。ですが! 有益な情報を持ち帰れました。きっとレクトラムさまにもご満足いただけるかと」
「ほぅ、申してみよ」
「はっ、じつは水色オオカミの子どもを見つけたのです」
「なに! 水色オオカミの、しかも子どもとな? それで色は、色はどうであったか?」

 予想通りの喰いつきの良さに、内心でしめしめと笑みを浮かべたミラ。
 グリフォンの古城にて見かけた水色オオカミの子どもについて、自分の見てきたことを詳しく説明しました。
 話を聞くほどに、思わず前のめりになった魔女王レクトラム。よほど興味があるようです。

「毛並みは冬のよく晴れた空のように澄んだ青。瞳の色は夕焼けのような茜色。話を聞くかぎりではチカラも強そうじゃな」
「はい。グリフォンもいいのですが、あの水色オオカミならばレクトラムさまの側でも、さぞや映えることでしょう」
「うむ。あぁ、欲しい、欲しいな、その子ども。いかに水色オオカミとはいえ、あやつみたいにムラだらけの汚ならしいのでは、どうにも興が冷めるでな」

 ちらりと壁際にて控えているガロンに視線を向けた魔女王。その蒼穹の青をたたえる瞳には、ありありと蔑みの感情が浮かんでおりました。
 己の美に執着するレクトラムは、使い古して色あせた服のような、黒いまだら模様の毛並みが好きではありません。苦労して手に入れたのはいいのですが、視界に入るたびにイラ立ちを覚えるのです。有能なのは認めるものの、どうにも好きになれない。
 女主人よりそのような視線を投げつけられたガロンは、平然としたまま。
 こんなのはいつものこと。機嫌が悪いときなどには、魔法が飛んでくることすらあるのですから。

 ガロンからすぐに視線を外した白銀の魔女王は、さっそくミラに水色オオカミの子どもを捕まえるようにとの、指示を出そうとしました。
 しかしそこでコークスが「おそれながら」と口を挟みます。

「しばしの猶予をいただけませんでしょうか」
「ほぅ、わらわに待てと申すのか。してその理由は?」
「いかに子どもとはいえ、相手はあの水色オオカミ。駆ければ風のように走り、一日にしていくつもの山河を越えてしまう者。これを相手に追いかけっこは、あまりに不毛かと」
「ふむ、たしかにの……。ではどうする?」
「しばらくは監視しつつ、泳がせましょう。御使いの勇者ですから旅を続けるはず。そうすれば自然と知り合いも増えていくでしょうから、頃合いをみてそれらの中から適当にみつくろって人質にでもすれば、誘い出して捕まえることも容易いかと」
「なるほど、そのほうが絶望を与えられて虜にしやすくもなるか……。よかろう、この件、コークスに預ける」
「はっ、かしこまりました」

 こうして白銀の魔女王の命をうけたコークスが動き出す頃。
 まさか自分が狙われているなんて、夢にも思わない水色オオカミの子ルク。
 彼は翡翠のオオカミのラナとともに、旅の空におりました。


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