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52 姫と王子
しおりを挟むグリフォンと翡翠(ひすい)のオオカミが荒地に出かけていた頃。
古城の三階にあるテラスには、ティア姫とサイラス王子の姿がありました。
話があると彼女を呼び出したのは王子。
並んで、こうこうと照る見事な月を静かに見上げています。
やさしい風が二人の頬をなでていく。
やがて意を決したサイラス王子。
彼が口にしたのは求婚の言葉、ではなく……。
「ティア姫、あなたは、いま、お幸せですか?」
そうたずねた彼に「はい」と笑顔で答えた姫。
いつもはおろしている前髪をあげているティア。
まっすぐに王子の目を見つめるその瞳には、かつて幼い頃に、彼の行いを叱責したときのかがやきが宿ったまま。いえ、むしろいっそうの強いかがやきを放っており、空の月にも負けないほど。
その瞳を見た瞬間に、サイラス王子はすべてを悟ります。
グリフォンのルシエルは、姫に未来を選ばせると言っていましたが、彼女はとっくに自分が進むべき道を選び、前を向いて歩き出していたのです。
その姿は、サイラス王子がずっと心に思い描いていた彼女の成長した姿よりも、ずっとずっとステキでした。
だから彼はこう言葉を続けました。
「幼き日、私はあなたに叱られたことにより、目が覚めました。おかげで今日の私があるのです。そのことについて、ずっとお礼を言いたいと思っていました。いいや、それだけじゃない。私はうれしかったのです。ロガリア皇国の第三王子としてではなくて、一人の人間として扱ってくれたことが、たまらなくうれしかったのです」
その出自により、周囲はみな仮面をかぶり、本音を隠して接してくる。
見渡すかぎりのウソ、ウソ、ウソ。にせものだらけの世界。
まるで不気味な人形に囲まれているかのように感じていた、幼少期のサイラス王子。
幼いながらに世界はこんなものと、諦めにも似た胸中にありました。そんな彼の心に光を差したのがティア姫。
彼女との出会いで彼の世界は開け、進むべき道が見えた。
月を見上げながら、そのことを改めて思い返しているサイラス王子。
するとティア姫が言いました。
「だったらわたしと同じですね」と。
どこか距離を感じる父親。
母親が自分を愛していなかったとは思わない。けれども彼女は一身にて国を支えるあまり、あまりにも忙しすぎた。それこそ家族をないがしろにするほどに。
家庭に恵まれず、それでも周囲の期待に応えようと、自分を押し殺してずっと生きてきた。なのに国の生贄として差し出された哀れな姫君。
そんな自分を、ただの一人の娘として扱ってくれたグリフォン。
ルシエルといる時だけは、ありのままでいられる。自然と笑うことができる。それがとてもうれしいと語るティア姫。
「どうやら私たちは似た者同士であったようだな」
「そのようですね」
互いを見つめて、くすりと笑みをこぼしたサイラス王子とティア姫。
そんな二人を夜空のお月さまだけが見ていました。
やわらかな月の光が、彼らの行く末を照らしているかのよう。
いつしか風もやんでおりました。
「ありがとう。あなたに会えて、ほんとうによかった」
そんな言葉を残し、荒地の静かな夜に、一つの恋が終わりました。
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