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45 勇者と古城のお姫さま
しおりを挟む「ちょっと待っててー」と言い残し、勇者一行を置いて、シュタシュタと氷の壁をのぼっていく水色オオカミのルク。
種明かしは、水をあやつるチカラにて、壁際に氷の突起物をニョキっとだして、これを足場に駆けているのですが、パッと見には見分けがつきません。
ですから勇者たちの目には、まるで空中を軽快に走っているように映ります。
「さすがは天の御使いさま、なんと軽やかな。まるで春の草原のさわやかな風のようです」
見上げながらうっとりする神官のエリエール。「うちにも一匹ほしいな」とつぶやいた勇者シュウには、加減のないヒジ鉄をズドンとおみまいして、黙らせます。
「あの子ってば、ちょいちょい容赦ないよな」
こそっともらした戦士ガントンの言葉に、コクンとうなづく魔法使いのドックと弓士のピピン。
しばらくすると、再び上からシュタタと降りてきたルク。
「姫さまが会うって。だからついて来てー」
「ついてこいっていっても、オレらにあんな芸当はムリだぞ」とシュウ。
勇者は聖剣の加護により、ふつうの人よりも頑丈だから、ちょっとぐらい女の子にボコボコにされてもへっちゃら。すぐにケロリと復活します。
「わかってるよ。だからこっちー」
シッポをふりながら歩いて行く水色オオカミ。
その後をあわてて追いかける勇者一行。
ルクが氷の壁へと真っ直ぐに進んでいくと、前方の壁にぽっかりと穴が開きました。
天の国の水色オオカミには、水をあやつるチカラがあります。
水はいろんなモノへと姿をかえる。
水を出すのも、水をどこかにやってしまうのも、氷をつくったり、霧を発生させることも。
チカラの応用にて壁の一部をちがう形へとかえて、氷のトンネルを奥へ奥へと、掘り進めるかのようにつなげていく。
感心しながらついていく勇者たち。
じきに壁を抜けるというところになって、先頭にいたルクの足が、ふと止まりました。
鼻先を動かしては、キョロキョロとして、やたらとクンクン周囲のニオイをかいでいます。
「どうかしましたか? もしやこの連中がニオイますか! たしかに粗野で汗臭い男たちですし、ガントンのブーツの中なんて地獄です。こまめに体をふくようにと、日頃からわりと口うるさく言っているのですけど。それでも旅の途中ですので……」
「ううん。ちがうよ。その人たちって、べつにイヤなニオイはしないよ。それよりも、なんだか知らないニオイがしたような気がしたから。ちょっとイヤな感じがしたんだけど……。うーん、ボクの気のせいだったみたい」
サラリと若い女性から「クサイ」と言われて、心に深いダメージを負った勇者他三名。
しかし水色オオカミの言葉で息を吹き返しました。
男たちの中で、水色オオカミに対する好感度がグングン急上昇中です。
一行はついに氷のトンネルを抜けて古城へと到達しました。
穴だらけであちこちが崩れた壁、抜けた天井……、長いこと荒地の風にさらされ続けた影響がないところを探すほうがムズかしい。ウワサ通りどころか、聞きしにまさるボロ具合に、勇者たち絶句。
「こんなところにティアさまが。なんておいたわしい……。やはりあの外道どもは成敗せねばならぬようですね」
とても人が住んでいるようには見えない廃城にて、こんな状況に姫さまを追いやったボルバ王国の連中への怒りを再燃させるエリエール。
正門をくぐり、前庭を通って、エントランスから廊下をトトトと抜けて、二階へと通じる階段がある踊り場まで、ルクがみんなを案内したところで姿をあらわしたのは、お気に入りの黄色いドレスを身にまとっているティア姫でした。
「ようこそ、勇者さまとお仲間のみなさま方。お待ちしておりました」
スカートの裾をつまんでキチンと作法にのっとった挨拶をするお姫さま。
母親のティル王妃の薫陶(くんとう)よろしく、幼い頃より厳しくしつけられたティア。その動きは、指のはし、つま先にいたるまで洗練されており、誰が見てもひと目でちがいがわかるほど。
前髪にて目元こそ隠されており、顔はよくわからないけれども、そんなことは些細なこと。
堅苦しい挨拶や礼儀作法が苦手だという勇者一行の男どもですら、自然と頭を垂れて恭順の意を示してしまう。
本物の気品。
ボルバ王国で会った王族どもとは、名刀と錆びたナイフほどもの差。
これにはティア姫さまの実母であるティル王妃のファンであるエリエールが大喜び。
「コレよ、コレよ、コレなのよ! 私が見たかったのは、あぁ、もう使命とか女神さまとか信仰とか、ぜんぶほっ放りだして彼女にお仕えしたい」と感激のあまり言い出す始末。
これにはさすがの姫さまも、ちょっと困った顔をしてしまいました。
挨拶をすませたところで、一行をお茶にさそうティア。
中庭に用意されたテーブル席へと、みんなで移動します。
準備はすでに整えられており、姫自らお茶をふるまいました。
これには勇者一行も恐縮しっぱなしです。
香り高いお茶のかたわらにて、自分をとりまく事情を説明したティア姫。
もう国元に帰るつもりはないと聞かされて、ウンウンとうなづく一同。
言いたくはありませんが、もはやボルバの王城にはまともな人材は残っていません。いるのは佞臣や奸臣とその息のかかった者たちばかり。戻ったところで苦労が絶えないだけのこと。なによりあの継母がいるのですから。
その点、グリフォンのところならば安心安全。
姫さまから話を聞くところによれば、ちょっとぶっきらぼうな物言いですが、優しいし、男前らしいし、強いし、お金もいっぱい持ってるし、といいこと尽くめ。
まるで新妻のごとき幸せオーラをふりまくティア姫を前にしたら、連れ帰ることなんて、とても言い出せる雰囲気にありません。
唯一の気がかりといえば、サイラス王子のことなのですが、よくよく考えてみれば彼の場合、一方的な片想いにすぎないということに、遅まきながら気がついた勇者一行。
五人の合議にて「わかりました。どうか末永くお幸せに」と祝辞を送ることに。
「そうだわ。せっかくなんだから光の勇者らしく、聖剣にてちゃんとお祝いをしたらどう? 祝詞は私がやるから」
エリエールの提案に「そりゃあ、いいや」とシュウ。他のメンバーたちも賛成します。
さっそく聖剣を抜いた勇者。太陽の光を集めるように天へとかざす。
合わせてエリエールが神官の顔になって、厳かに祝詞を唱え始めました。
そんなときです。
またしても、ヘンなニオイをかすかに感じとったルク。
これって、さっき氷のトンネルでかいだのと同じヤツ。
顔を動かしては、クンクンと鼻先をふって、ニオイの元を探す水色オオカミ。
そのさなかに彼の茜色の瞳に聖剣の刀身が映りました。まるで鏡のようにピカピカに磨き込まれています。
するとそこには、見たことのない女の人の姿が映り込んでいるではありませんか。
おどろいて後ろをふり返っても誰もいません。
もう一度、聖剣を見ると、やはりそこには見知らぬ女の人の姿が。
あれれ、なんで? と剣と背後を交互に見比べるルク。
その動きに気がついた魔法使いのドック。何ごとかとルクの視線を追い、聖剣を注視すると、突然に叫びました。
「気をつけろ! 何者かが潜んでいるぞ!」
ドックの発した警戒と同時に、いずこかより放たれた紅いナイフ。
それは真っ直ぐに飛んで、ティア姫の背中へと吸い込まれていきました。
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