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44 ルシエルとサイラス
しおりを挟むロガリア皇国軍の猛攻を受けて、大砲の集中砲火をあび、地上へと落下したグリフォン。
まき起こる大歓声の中、快挙に浮かれる周囲をよそに、厳しい表情を崩さないサイラス王子。
彼が見つめる先にて、三日月の陣形より抜け出した一団がありました。
それはボルバ王国の騎士団。
功を焦ったのか、抜け駆けかは知らないが、グリフォンのもとへと突撃していくではありませんか。
手柄を横取りするかのような卑劣な行為。
ロガリア皇国軍のみんなが不快感をあらわにします。
そのとき、乾いた大地に赤い砂塵が舞って、突如として竜巻がいくつも発生しました。
竜巻はまるで生きているかのように動いては、逃げまどうボルバの騎士どもを追いかけ、次々とのみ込んでいく。
しばらくすると竜巻により巻き上げられた騎士たちが、空からドサドサと降ってくる。
高いところから地面に叩きつけられて、ケガを負い、痛みのあまり苦悶の声をあげている騎士たちを、冷ややかに見おろすロガリア軍の兵士たち。誰も手をさしのべようとはしません。
やがて砂塵の中から姿を現したのは一人の男性。
鋭い目つきと整った顔立ち、小麦色の肌をした長身の青年。
彼が右手をあげると、とたんに竜巻たちの姿がシュルシュルと細くなっていき、消えてしまいました。
「うむ。まずは見事とほめておこう。よもやこのオレが地上に引きずり降ろされるとは、夢にもおもわなかったぞ。これまでにオレが戦った人間どもの中では一番だな」
とくに大声を出しているわけでもないのに、戦場のすみずみにまで届く声。
耳からズンと腹の中へと入り込んでくる。それによって心の臓をわし掴みにされたかのような感覚に、その場にいた全員がおそわれる。
パチパチと手を叩いて健闘を称えつつ、陣の方へと近寄ってくる青年。
ほんとうならば迎え撃たなければいけないのに、兵たちはまるで大地に根を張ったかのようになって、一歩も動けません。それどころか呼吸をするのもやっと。
彼が放つ威圧を前にして、どうしても動けなかったのです。
青年は悠々と兵士たちの間を通り、ついには本陣にまで辿りついてしまいました。
「ほう、まだ若いな。オレはグリフォンのルシエル。じつはちょっとたずねたいことがあってな」
王子が気力をふり絞って「私はロガリア皇国の第三王子サイラス」と応える。
それを見たルシエル、愉快そうに目元を細めました。
とたんに、フッと消えた圧力、軽くなった体、戦場に居合わせた全員がほっと息を吹き返す。
「これで楽になったはずだ。おまえたちはよく戦った。だがチカラの差はもうわかったであろう?」
「あぁ、くやしいが我々はここまでのようだな」
「うむ。引き際も心得るか……。闇雲に勇に走らず、止まることも知る。ロガリアという国は当分安泰だな。あそこでのびている連中のところとは大違いだ」
ルシエルがチラリと見たのは、あちこちに転がっては、無様な姿をさらしているボルバの騎士たち。
「さて、では改めてたずねるとしよう。サイラスどの。このたびの一件、用向きはなんだ?」
どうして軍勢を差し向けたのかと問われて、さらわれたティア姫を救出するためと答えたサイラス王子。
これに小首をかしげたルシエル。
「さらわれたもなにも、生贄とか言って、かってに古城にティアを置いていったのはボルバの連中だぞ。こっちは丁重に扱っているというのに。感謝されこそすれ、兵を向けられる覚えなんぞまるでないわ」
うら若き姫を人身御供にして、自分たちが安穏としていたことがついに発覚。
ついでにグリフォンの口から、一方的にちょっかいを出してきたこと、サブリナ王妃や王たちがティアにしてきた仕打ち、王位継承絡みのことまでバラされて、顔面蒼白となったのは、その場に居合わせたボルバ王国の者たち。
「何かあるとは思っていたが、よもやティア姫がそんな苦境に追い込まれていたとは……」
真実を知ったサイラス王子。
怒りのあまりに肩がふるえるのを止められません。
指揮官の怒りは波紋のように、彼を中心として全軍へと伝わっていきます。
もしもいま王子が号令を下したら、ロガリア皇国軍は即座に反転してボルバの王都へと殺到していたことでしょう。
ですがなんとか彼は踏みとどまりました。軍人としての理性にて感情を抑えたのです。
情を知る。ですが情には流されない。あくまで軍の将であろうとする。
そんな彼にルシエルは言いました。
「とりあえずティアに会ってみるか? おまえも直接、本人から話を聞いた方がスッキリするだろう」
軍に待機を命じて、ルシエルの誘いに応じたサイラス王子。
一人、グリフォンとともに姫のいる古城へと向かいます。
背中の上からながめる雄大な空の景色に目を奪わつつも、王子の心をよぎるのはティア姫のこと。
「ちょっと聞いてもいいですか?」とサイラス。
「なんだ」
「どうして私を姫に会わせようと? それにルシエルどのがその気であったのならば、我が軍なんて、相手にならなかったでしょうに」
「軍に関してはさっきも言ったであろう。見事だったと。つぶすには惜しいと思ったからよ。まぁ、それに、アイツも自分のせいで犠牲がでるのは、イヤがるであろうからな」
「なるほど」
「あとティアに会わせるのは、アイツに選ばせてやりたくてな」
「選ぶ? なにを」
「自分の未来をさ。王族として生まれて、義務だの責任だのを押しつけられるばかりの、ずっとカゴの鳥だった。妹ばかりがチヤホヤされて、周囲からはないがしろにされ続け、それでもがんばっていたというのに、ようやく放たれたと思ったら、こんどはグリフォンのふところの中。なんともあんまりな人生ではないか。それにな……」
悠久の時を生きるグリフォンと、朝露のごときはかない人間の命。
ともに歩むには、両者はあまりにもちがい過ぎる。
人は人の群れの中で過ごすのが、本来の幸せなのかもしれない。
相手のことを想うがゆえの別れもあるのではと語るルシエル。
深い愛情がなければ出てこない言葉。
それを知って、何も言えなくなってしまったサイラス王子。
と、急にグリフォンが飛ぶ速度をグンとあげた。
「しっかりつかまっていろ! なにやら風がキナ臭い。城の方の様子がおかしい。イヤな予感がする。急ぐからふり落とされるなよ」
客人の返事も待たずに急加速するグリフォン。
背中に体をうずめて必死にしがみつく王子。
荒地の空を矢のように飛ぶ金色のツバサ。
やがて彼らの視界の先には、白いモヤに包まれた氷の城が見えてきました。
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