水色オオカミのルク

月芝

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38 皇国の軍神

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 ルクが水を出して床をぬらし、デッキブラシにてゴシゴシとこするティア。
 一通りこすり終えたら、再びルクが水を出して洗い流す。
 最後に、水気を取り除けば、ピカピカに。

「ルクがいると本当に助かるわ。水色オオカミってすごいのね」

 ティア姫にほめられて、シッポをゆらしながら、ちょっとモジモジとしてしまうルク。
 いいニオイのする人から言われると、なんだか心がうれしくなってしまうのです。
 廊下から始まり、お風呂場や台所なども掃除し終わったところで、買い出しに行っていたルシエルが、ツバサをはためかせて戻ってきました。

 こんな何もない荒地で、グリフォンの彼はともかくとして、お城育ちの姫さまがどうやって暮らしているのかと思えば、ときおり彼が必要な品物を仕入れに動いているそうです。たまに二人そろって遠出することもあるんだとか。
 なおルシエルは、こう見えてとってもお金持ち。
 なんでもずっと昔にケンカをして負かしたドラゴンが、おわびとして大量の光物を置いていったんだそうです。
 とくに興味がなくて、とある洞窟にほったらかしていたそうですが、それを持ち出しては、人に姿をかえて買い物をしているとのこと。
 今回も袋にいっぱいの果物や食べ物、茶葉や、ティアに頼まれていた品などを購入してきました。

「ごくろうさまです」

 笑顔でルシエルを出迎えたティア。
 持ち帰えられた品をさっそく選り分けるために、いそいそ奥の納戸へと。
 荷物を運びおえたルシエル、後は彼女にまかせます。
 鼻歌まじりにて作業にとりかかるティア。
 邪魔をするのも悪いので、ルクもルシエルの後に続きました。

「ふふふ、ヘンな奴だろう。袋の中から取り出した品を整理するのが楽しいんだと」
「そうじも楽しそうにしていたし、いいんじゃないの。プリプリ怒っているより、ティアが笑っている方が、こっちも楽しいよ」
「そうか……、ところでオレの留守中に何もなかったか」
「えーと、とくに何もなかったと思うけど。気になることでも?」
「あぁ、ちょっと、な」

 なんでも古城に向けてルシエルが飛んでいると、風にのって鉄のニオイが漂ってきた。
 何ごとかと思ってニオイのする方へと行ってみると、かなりの数の軍勢が移動していたそうです。整然とした動きにて、軍としてはかなりの練度の高さがうかがえます。みな完全武装にて、これから戦にでもおもむくかのような気焔が立ち昇っている。
 方角からして、ボルバの王都へと向かっているよう。

「べつにあんな国、どうなろうとオレはかまわんのだが、いちおうはティアの生まれ育ったところだしな。彼女はやさしいから、あんな仕打ちをした国であっても、きっと気にやむのだろう」
「うーん、そうかもー」
「だから、ルク。しばらくは、あいつにはダマっておいてくれ。ちゃんと確かめてから、オレの口から話す」
「わかったー」

 ルシエルの言葉にシッポをふって応えるルクなのでした。



 これは水色オオカミの子が、荒地の古城へと姿を見せる前のこと。

 ボルバ王国からの使者の来訪を受けて、応対していたのはロガリア皇国の第三王子。名前をサイラスという茶色い短髪の偉丈夫。皇族という身分にありながらも軍属に身を置き、兵士らと混ざって日々鍛錬をかかさない青年。
 自分の出自を鼻にかけることもなく、気さくな性格にて、ことが起これば常に陣頭にて勇敢に指揮をとる。兵を単なる駒として扱うようなマネは決してせずに、かけがえのない仲間として扱うので、部下からの信任も厚い。

 いくつもの功をあげており、皇国の未来を担う、若き軍神としての誉れ高いサイラス。
 ですが、彼もはじめから、こうであったわけではありません。
 小さな頃には、ずいぶんと甘やかされて育ち、またその身分ゆえにたしなめる大人もいません。おかげですっかりわがままでイヤなダメ王子っぷり。
 そんな彼を叱咤したのは、さる小国の姫君。
 周辺国の高貴な身分の方々が集まったパーティー会場にて、いつも通りに好きかってにふるまっては、周囲を困らせていた小さな暴君。
 いきなり頬をぴしゃりとはられて、「いいかげんにしなさい!」と怒られた。
 どうなることかとハラハラする周囲をよそに、ガツンとやられた当人は、頬の痛さも忘れて、その姫君にすっかり見惚れてしまう。
 本心を隠し、顔を伏せては、媚びへつらうばかりの者たちの中にあって、真っ直ぐに自分を見つめる瞳。その視線から幼いサイラスは目がそらせない。なんと気高く美しい人であろうかと。
 そしてこの日の出来事を境に、サイラス王子は変わりました。
 わがままなふるまいは無くなり、自分に厳しく他人に優しい男となっていくのです。

 こうして英雄の道を歩きだした彼は、幼い日のことをずっと忘れてはいませんでした。むしろ彼女への想いは募るばかり。
 だから彼女に相応しい男になろうと自身を鍛え、充分な実績を積み、努力を重ねて、小国との婚姻に顔をしかめるうるさい連中を根気よく説得し、ようやく満を持して、結婚を申し込んだというのに……。

「ティア姫がグリフォンにさらわれただとっ!」

 使者の話を聞いて立ち上がり激高するサイラス王子。
 皇国の若き軍神の怒気を間近にあびて、恐怖のあまり、床に額をこすりつけてひれ伏してしまうボルバ王国の使者。
 それでもふるえる声にて、なんとか自分の役割をまっとうします。

「は、はい。わが国も大切な姫をとり戻そうと、ありったけの兵力を差し向けたのですが、いかんせん相手はあのグリフォン。返り討ちにあってしまい無念なことに……。そこでお願いがございます。どうか、どうか、サイラスさまと皇国のチカラをお貸し下さいませ」

 姫を取り戻す助力を求めるボルバ王国の使者。
 涙ながらに王子に訴えかける。
 彼も必死なのです。なにせサブリナ王妃より「必ず協力をとりつけてこい」との厳命を受けているのですから。
 もしも命令をはたせなかったら、国に残してきた家族がどうなるかわかったものではありません。
 たとえ義理とはいえ、サブリナ王妃は、うら若い娘を平然とグリフォンの前に生贄として差し出して、笑っているような冷酷な女。失敗したときのことを想像するのも恐ろしい。
 もっとも使者の働きかけがなくても、きっと王子は動いていたことでしょう。
 なにせ愛しい姫がさらわれてしまったのですから。

「ただちに行軍準備をはじめよ。敵は荒地のグリフォン。最優先はティア姫の身柄の確保だ。それから王城内に滞在中の勇者一行にも、このことを伝えろ」

 サイラス王子が檄をとばす姿を前に、あからさまにホッとした表情をみせる使者。
 事実を都合よくねじまげ、皇国にグリフォンを退治させて、おいしいところだけをいただいてしまおうという、サブリナ王妃の策略。
 こうしてウソにウソを塗り固めて、多くの人を巻き込み、事態はよりいっそうの混迷を深めていくことになりました。


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