水色オオカミのルク

月芝

文字の大きさ
上 下
34 / 286

34 お姫さまの事情

しおりを挟む
 
 仲良くなったティアやルシエルの勧めもあり、しばらく古城に滞在することにした水色オオカミの子ルク。

 荒地の城に住んでいるのは彼らだけ。
 話によるとティアは、ルクがここに来るときに素通りした国のお姫さまだという。
 お姫さまといえば、お城にて幼い頃より周囲にかしずかれて生活するもの。きっと一人では満足に着替えもできないはず。
 けれども、そのわりには何でもテキパキと自分でやってしまうティア。
 掃除、洗濯、料理に針仕事、家事全般から、大工道具片手に住まいの修繕(しゅうぜん)まで。職人や熟練メイドも真っ青な手際のよさ。

「ちょっと、そこ、じゃまです」

 ホウキを持ったティアに言われて、部屋から追い出されるルシエル。
 すごすごと退散するグリフォンには、初見時の威厳はまるでありません。
 どうやら家の中のことは、すべて彼女がとり仕切っているみたいです。
 おとなしく中庭にてぼんやりと日向ぼっこをする城の主に付き合って、ルクも適当なところにて四肢を投げ出しダラけます。
 ティアのお手伝いをしてあげたいのは山々なのですが、なにせこの身は水色オオカミ。人のように掃除道具が使えませんので、かえって作業の足を引っぱってしまいます。
 せいぜいバケツやツボに、キレイな水を出すぐらい。あとは彼女が育てている小さな畑に水をまきました。
 その点、人間に変身できるグリフォンならば、モリモリお手伝いできそうなのですが、やっぱり足手まといになるらしくって、チカラ仕事以外では呼ばれることがないそうです。

「ティアって、お姫さまなんでしょう。地の国のお姫さまって、みんなあんなに働き者なの?」
「そんなワケがあるか。あいつの場合は、ちょっと背景が複雑なんだよ」
「?」
「じつはなぁ……」



 ボルバ王国は近隣の国たちと代々友好な関係を守ることで、どうにか生き残ってきた小さな国。
 ティアはそんな国の長姫として生まれました。
 父親のルト王は幼い頃より優柔不断にて、煮え切らない性格。国を統べる者としてはとても頼りない。ですがそんな彼を支えていたのがティアの母親である王妃ティル。
 経済にあかるく、政治バランスにすぐれ、交渉ごとにも長けている。その手腕は国の内外から高く評価されていました。
 そんな母親の薫陶(くんとう)よろしく、「やれることは、なんでも自分で」という教育方針にて、甘やかされることなく幼い頃より厳しく育てられたティア。

 ルト王がダメなぶん、そのシワ寄せがすべて王妃ティルに。
 仕事が忙しいゆえに、どうしても家庭がおざなりになっていく。
 そこで内向きのことを任せるためにと、第二妃をめとった王。
 第二妃となったのは有力貴族の娘サブリナ。
 若く、気のやさしい彼女にすぐに夢中となったルト王。
 ほどなくして次姫が産まれました。
 ファラと名付けられたその子は、まさしく珠のような愛らしい女の子にて、周囲はみなメロメロ。
 母親は仕事にかまけ、父親は妹にしか興味がありません。周囲もまるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、ファラに群がるばかり。
 ついつい放置されがちとなったティアは、それでも一切の不満を口にすることなく、さみしさを紛らわせるかのように、教育係からの課題をこなしていきました。

「さすがはティルさまの娘」と密かに感心されていることにも気づかずに。

 ティアが十三歳に、妹のファラが九歳になったとき王妃ティルが倒れて、じきに亡くなりました。どうやら長年の過労と心労がたたったよう。
 そしてここからティアの本当の不幸が始まったのです。

 継母となった第二妃サブリナが、ついに本性を現したのです。
 王の前でだけは貞淑な妻を演じ、裏ではことあるごとにティアに辛くあたる。
 彼女は自分の娘を女王にして、自らも国母となる野心をずっと秘めていたのです。
 背後に貴族の派閥を持つサブリナ。娘ファラ自身のかわいさもあって、ドンドンと影響力を強めていき、着々と準備を整えていく。
 しかしティアにこれを防ぐ手立てはありません。
 この頃には、周囲のほとんどがすでにあちらの陣営にくみしていたのですから。

 政治の道具として他国に嫁に出そうか? 家臣に降嫁させて飼い殺しにしてやろうか? それともいっそひと思いに……、などとサブリナが悪だくみをしているとき、ボルバ王国に激震が走りました。

「荒地にグリフォンが出現! 古城を占拠」との報が、騎士団よりもたらされたのです。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

先祖返りの姫王子

春紫苑
児童書・童話
小国フェルドナレンに王族として生まれたトニトルスとミコーは、双子の兄妹であり、人と獣人の混血種族。 人で生まれたトニトルスは、先祖返りのため狼で生まれた妹のミコーをとても愛し、可愛がっていた。 平和に暮らしていたある日、国王夫妻が不慮の事故により他界。 トニトルスは王位を継承する準備に追われていたのだけれど、馬車での移動中に襲撃を受け――。 決死の逃亡劇は、二人を離れ離れにしてしまった。 命からがら逃げ延びた兄王子と、王宮に残され、兄の替え玉にされた妹姫が、互いのために必死で挑む国の奪還物語。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。 画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。 迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。 親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。 私、そんなの困ります!! アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。 家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。 そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない! アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか? どうせなら楽しく過ごしたい! そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...