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29 起動
しおりを挟む氷の柱がドンと立つ。
その天辺には四角い塊がのっている。
上部には軽い傾斜がつけられており、自然と前へとゆっくりと滑り落ちる。
これを受けとめるのは、次の氷の柱。
柱から柱へと高低差を利用して移動させることで、螺旋階段をのぼっていくガァルディアの心臓。
キルコスに別れを告げて、地底湖を後にしたルクとハクサ。
この運び方はハクサのアイデア。
欲を言えば、とてつもなく大きな氷の柱をドーンと出して、一気に地上まで心臓を運んでしまいたいところではあるが、いかに強度を高めたとて氷は氷。限界がある。
途中で砕けたりしたら、かえって手間がかかるので、地味だが確実なこの運搬方法を採用したという。
ハクサの指示に従って、氷を操るルク。
つかれたら途中で休憩をはさみつつ、ひたすら地上を目指す。
ここにきてやたらと氷を扱っているせいか、コツがつかめたらしく、次第にうまくなっていくルク。
「いまなら、ちゃんとした橋をかけられるかも」
「単純な柱や壁ならばともかく、橋はムズかしいぞ。ヘタをすると神殿を建てるよりもムズかしいんじゃ」
調子にのりそうなルクを軽くたしなめるハクサ。
大先輩からまだまだと言われて、ルクはちょっとしょんぼりとなりました。
そんな彼に、ハクサは今回のお礼をかねて、帰りの道すがら、霧をあやつるコツを教えました。
霧もまた水がかわった姿。
翡翠のオオカミのラナに氷の造り方を教わったときと同じように、すぐにコツを覚えるルク。
とはいえ自分の体を霧にかえるのは、かなり危ないので、基本の霧を発生させる方法だけです。
もしも霧の状態にて、うっかり強風にでもあおられようものならば、体があちこちに四散して、意識を失いもとに戻れなくなってしまいますので。
「いざとなれば目くらましになるし、使いようでは旅の役にも立つであろう」
「ありがとう、ハクサ」
そうこうしているうちに、ようやく螺旋階段を登りきり、地上へと戻れました。
すでに陽はとっぷりと暮れています。
無人の都市遺跡の上には、空を埋め尽くすほどの星の輝き。
ここは奥深い山間部ゆえに、邪魔をする灯りが一切ありません。空気も澄んでいるので、満天ぶりがよく見えます。
「うわー、天の国で見えるのと同じぐらいにキレイだ」
夜空を見上げたルクが感嘆の声をあげると、隣にいたハクサも「ひょっとしたら、ワシがこの地を選んだのも、もしや故郷を懐かしんでのことなのかもしれんなぁ」とつぶやきました。
星空の下、夜の古代遺跡を抜けて、バロニア王国の神像がまつられてある神殿へと、帰還するルクとハクサ。
さっそく大聖堂へとおもむきます。
彼らの無事を喜んだガァルディア。
二匹と一体は挨拶もそこそこに、持ち帰った心臓を壁の穴へとはめ込みました。
濃紺色をした四角い物体の表面に描かれた模様に光が宿る。
神殿全体が小刻みにふるえることしばし。
巨像の顔に灯っていた赤い双眸の色が、黄となり、やがて青へとかわる。
胸の前で交差されていた両腕がとかれるのに合わせて、床についていた片膝を持ち上げて、ゆっくりと立ちあがるガァルディア。
千年以上もの長い時を、建物の奥にてじっと過ごしていた神像が、ついに起動を果たしました。
「いま私は動いているのだね」
自分の手の平を握ったり閉じたりしながら、感慨深げなガァルディア。
立ち上がった古い友だちの姿に涙ぐんでいる霧のオオカミのハクサ。
ルクもうれしくなってシッポをぶんぶんと振りました。
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