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08 氷の橋
しおりを挟む深い谷の上にかかる氷の橋の上を、水色オオカミの犬ぞりがゆっくりと進んでいく。
「うわぁ、本当に橋がかかっちゃったよ。ルクはやっぱりすごいなぁ」
「こいつはたまげた。水色オオカミってのは、たいしたもんだねえ」
野ウサギのタピカとカラスのセンバが、あんまりにも褒めるものだから、なんだか気恥しいルク。
「たいへんだったんじゃないの? だってこれだけの橋をかけるのだから、それだけいっぱいの水が必要となるわけだし」とフィオ。
「あー、それはだいじょうぶ。ここってとっても深い谷でしょう。そのおかげで中に水気がいっぱい溜まってたんだ。だから、集めるのはかんたんだったよ。たいへんだったのは、むしろ橋の形にすることだったかな」
ルクによれば、なんでも氷で形を造るとき、頭の中でイメージをするのだけれども、単純な形や像っぽいモノならば簡単だけど、建物とかになると構造とかが複雑になるので、勝手がまるで違うとのこと。
素人が適当に丸太の棒を組み上げたところで、ちゃんとした家は建たない。
みたいなことなのかと理解するフィオ。
そこまで思いいたったところで、彼の中に、ふと疑問が浮かんだ。
「ねえ、ルク、ちょっと聞きたいんだけど……」
「なぁに、フィオ」
「翡翠(ひすい)のオオカミのラナさんに教えてもらうまで、氷を出したことはなかったんだよね?」
「うん。そうだよ」
「ということは、橋を造ったりしたことも」
「もちろん、はじめて。ラナさんには、いいこと教えてもらえたよ。あーあ、もっといろんなことを教えてもらいたかったなぁ」
「えーと、じゃあ、この橋って、中はどうなっているのかな?」
「どうって、水を集めて氷にかえて、それをギュッと固めて造ったんだよ」
そこまで話を聞いたフィオ。とってもイヤな予感がして、額から汗がだらだら。
つまりこの氷の橋は、橋の仕組みも、氷のことも、よくわかっていない素人が適当にかけたモノ。強度? 構造? なにそれ? という状況。
谷の幅はとっても広い。それこそツバサを持つトリでもなければ、越せないほど。
ちょっとした小川の上ならばともかく、そこにただの氷の棒を渡しただけのモノが、はたして橋として成り立つものなのであろうか。
いまにも口から飛び出しそうになった不安の言葉を、ぐっと飲み込んだフィオ。
つとめて平静をよそおって、ルクにこう言った。
「とりあえず、もう少し速度をあげようか。うん、それがいい。そうしよう」
フィオの言葉を受けて「わかったー」と足を速めるルク。
タピカとセンバはスピードが上がって、単純にきゃっきゃと喜んでいるが、フィオだけはまるで生きた心地がしません。
水色オオカミの犬ぞりが、氷の橋を渡ること、残り三分の一ぐらいになったところで、フィオが叫びました。
「ルク! もっと急いで! 橋が崩れる!」
ずっと橋の状態に気をつけていたフィオ。少しまえからピキパキと不穏な音がしていたことを、その長い耳で捉えていました。
はじめは軽い音だったのに、それが次第に重さをともなって、かすかな地響きのようになっていく。
フィオのかけ声にて、グンとスピードを増した犬ぞり。
その頃には、氷の橋の表面のいたるところに、細かいヒビが見られるようになっていました。
もしもここで橋が崩れてしまったら、全員が深い谷底に真っ逆さま。
ようやく自分たちが置かれている状況に気がついたタピカとセンバ。あわててルクをせっつく。
ガコンとはるか後方にて、とってもイヤな音が鳴りました。
とたんに足下が波打ち、大きなキレツがそこかしこに走り、本格的に崩れはじめた氷の橋。
背後から迫る不気味な破砕音。
追い立てられる格好になった犬ぞり。
こうなるとルクもなりふりかまっていられません。
最後の方は全力です。
彼の背中にロープでしばられているカラスのセンバ。あまりの乗り心地の悪さに、途中でグッタリとなるのもおかまいなし。
後方へとのびたロープのはしっこに掴まっている野ウサギの兄弟たちは、必死になって離すまいとしがみついています。
ルク、センバ、フィオ、タピカ、四匹が団子のようになって、橋を渡り終えて、谷の向こう側へと転がり込んだ。
すぐ後に、ガラガラと大きな音を立て、崩れ落ちた氷の橋。
谷底へと呑み込まれてしまいました。
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