上 下
10 / 10

010 乙女は闇夜の灯火を危ぶむ

しおりを挟む
 
 ブロロロロロ……

 国道を西へ走っているのはレンタルした軽トラック。
 ハンドルを握るのは黒ぶち眼鏡をかけた若い女性で、伯天堂でアルバイトをしている大学院生の近藤芹那だ。助手席には九坂千花もいて、スマホ片手に「あっ、次の交差点、右」などとナビ役をしている。

 若い娘がふたりして向かっていたのは、青木凛子から紹介してもらった古民家である。
 ずっと空き家にて、用心が悪いから取り壊すことになり、家財道具なども処分することになった。
 が、金目の品はとっくに引き揚げており、残っているのはたいしたものじゃない。だから、好きに引き取ってもらってかまわないとの承諾を得ての、この度の日帰り出張だ。
 でもって芹那に応援を頼んだのは、彼女が運転免許を持っているから。
 祖父はようやく仙台から帰ってきたとおもったら、またぞろ出かけてしまった。今度は滋賀へ行くんだと。

 ごみごみした市街地を抜けると、とたんに牧歌的な田園風景が広がった。
 眠気防止にと少し開けている窓、そこから流れ込んでくる空気の質も変わった。雑味が減って、幾分すっきりしたような気がする。
 目的地は山間やまあいを少し奥へと入ったところにある。

 いよいよ山へ。
 登り道へとさしかかり、車体が斜めになる。
 なだらかな坂道が九十九折つづらおりとなっており、それをおっちらおっちら、少しずつ進んでいく。

 助手席からは下界が一望でき、彼方には薄っすらとそびえ立つタワーマンションの姿も見えた。
 あちらこちらで乱立している高層建築物を眺めつつ、「はぁ」と千花はもの憂げに吐息を零す。

「ん? センちゃん、どうかした? もしかして酔っちゃったの? だったら……」

 案ずる芹那。
 彼女は千花のことを「センちゃん」と呼ぶ。

「ううん。ちがうの。いやね、雨後の竹の子みたいにポコポコ増えたなぁとおもって」
「増えた? なにが?」
「マンションだよ、タワーマンション。たいていの駅のそばにはひとつはあるんじゃないかなぁ」
「あー、たしかに増えたよねえ」

 かつては中央などの特定の地域にしかなかったものが、いまやあちこちにあって、いやがうえにも視界に入る。
 電車に乗っていれば、駅ごとに遭遇する確率が極めて高い。
 だが、千花は不思議でしょうがない。

 あんなに建てて大丈夫なの? ちゃんと売れるの?

 なにせ高いのは背丈だけじゃないのだから。
 億ションと云われるのは伊達じゃない。
 そんなシロモノをポンポン建てては、ホイホイ買っている輩がいることが信じられない。
 世の中、景気が低迷しているといわれてひさしいのに……

「どこの誰だよ、お金は天下のまわりものとかいったの。うちにはちっともまわってこないのに」

 などとぶつくさ、千花が唇をとがらせれば、芹那は「ははは」と笑い「まぁ、たしかに実態は怪しいかもね。じつのところ投資目的で購入している外国人が多いって聞くし。だから買っただけで、空き家のまんまのところもけっこうあるんだってさ」

「ふーん、まぁ、その儲け方もありっちゃありなんだけど……タワーマンションの場合はあんまりよくないかも」

 家というのは人が住んでこそだ。
 ある意味、住人を得て完成するといっても過言ではない。
 なのに、肝心のそれが抜けたままの状態は、仏造って魂を入れずみたいなもので。
 ようは虚ろのまま。

「あー、たしかに。でも、それって問題なの?」
「うん。だって、その状態ってば、うちの富子さんやエリザベートと似たようなもんだから」

 伯天堂のマスコットキャラクター?
 動いてしゃべる市松人形とビスクドール。
 人形に魂が入り込んで定着したがゆえに、あんなことになっている。
 うちに出入りしているだけあって、人形たちのことは当然、芹那も知っている。
 ふつうならば、そんなバイト先、怖くて逃げ出しそうなものなのに、彼女は「へー、ふーん」とだけで済ませた。

 理路整然と論理的に物事を考えがちなリケジョにしては、オカルトに寛容な芹那。
 なんでも宇宙物理学に携わっている身からすれば「宇宙の神秘に比べたら、人形が動く程度のことなんて塵レベルの些末なことだもの」とのことらしい。
 さすがは奔放な姉と付き合えるだけのことはある。スケールがちがう。
 ……ということは、さておき。

 虚ろな状態の何がいけないのか。
 それは空いているがゆえに、いろんなものが入り込みやすい状況だということ。
 富子さんやエリザベートみたいに言葉が通じる相手ならばいいけれど、もしもそうじゃないモノが入り込んだら……
 器が人形程度ならば、入り込むモノもそれなりに。
 けれどもタワーマンションほどのサイズともなれば……ねえ?

「ただでさえ存在感があるのに、夜通しピカピカしているのも、ちょっと問題かも」

 それは闇夜の灯火ともしび
 どうしたって目立つから、いろんなモノを惹きつけることになるわけで。
 しかもこの先、高齢化と人口減少はますます加速していく。
 そうなれば空き家がどんどん増える一方にて、すでに各地で問題になっている。
 当然ながらタワーマンションだって他人事じゃないだろう。
 いなくなった住人たちの代わりに、いったい何が住み憑くことになるのやら。

 などということを話しているうちにも軽トラックは走り続けており、ついに到着しました目的地。
 山間部にあるポツンと一軒家。
 斜面をくり抜いたような場所に建っている。
 石垣があり、倉があり、屋根がにょきっと高い。いまは瓦だが、かつては藁ぶき屋根であったのかもしれない。
 ぱっと見にはさほど傷んでいるようには見えないけれども、はてさて中はどうなっていることやら。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...