99 / 106
099 北翼廓・第一幕
しおりを挟むぎしっ、ぎしっ、ぎぎっ……
床板が大きく軋んだもので、わたしは「うわっ」
びっくりしておもわず足をのけ脇へと避けようとするも、背後からガッシとカクさんに両肩を掴まれた。
「おっと危ないぞミユウ、そっちは穴があいている」
言われて足下を見てみたら、たしかに板が破れて落ちている。
外からはキレイにみえた建物、中堂は小綺麗にされていたがそれ以外のところには傷みが目立つ。
天井やら壁にも穴があいており、斜光が屋内に差し込んでは、漂う細かな塵がキラキラと。この分では雨漏りもしていることだろう。
外観こそは雅だが奥へと進むほどにボロボロ……、まるで長いこと人が住んでおらず放置されて荒れるにまかせていた屋敷のようだ。
床もたわんでおり、気をつけないと本当に踏み抜きかねない。
げんにカクさんに助けられなかったら片足を突っ込んでいただろう。
「もう、カビ臭いし、まるでお化け屋敷じゃない!」
わたしはぷつぷつ文句を言った。
でも肩にとまっている一枝さんは「この荒れよう。ウスイのやつ、まさか……」などとつぶやいている。どうやら彼女には心当たりがあるらしい。
「たぶん力を使い過ぎたんだ。ずっとヘンだとはおもってたんだ。どいつもこいつも大掛かりだった。野狐であるフミカならばともかく、チカのやつまで。
おそらくはウスイが大なり小なり、みんなに力を貸し与えていたんだろう」
ゆえに自分の世界を満足に維持できない。
本来の碓氷の能力ならば、見た目そのままに内部も絢爛豪華な極楽浄土を再現したかのような造りになっていたはず。
「あのバカ……ムチャをしやがって」
一枝さんは「チチチ」とくちばしを鳴らす。
かなりご立腹の様子にて、下手に声をかけたらこちらにも飛び火しそう。
わたしたちは空気を読んでおとなしく口をつぐんでおくことにする。
渡り廊下を抜けて北翼廓へと到着した。
北翼廓は二階建て、これを目にしたジンさんが「ほう、切妻造(きりづまづくり)か」と感心する。
「なにそれ?」
「屋根の造りのことだ。ほら、本を広げたものをそのまま被せたような形をしているだろう」
言われてみればそう見えなくもない。
しゅっとしており見映えがいい。
が、建物の趣(おもむき)なんぞとはとんと無縁なわたしは、とりあえず「へーそうなんだぁ」とだけ。
北翼廓の内部はさほど荒れてはいなかった。
順路通りに進んだ先は二十畳ほどの広間にて。
幕がかかっており奥の様子はわからない。
中央付近に藁で編んだ円座が四つ、並んで敷かれている。
どうやらこれに座って人形劇を観ろということらしい。
わたしたちが着席するのと同時に、ポッと壁際に置かれてある燭台に火が灯った。
これを合図にして幕があがり、劇が開演となった。
あらわれたのは白いスクリーンにて、ライトに照らされて浮かびあがるのは人型のシルエット。
第一幕は影絵による人形劇であった。
〇
「あぁ、まただ。また田んぼがダメになってしまった」
シクシクと嘆き悲しんでいるのは下出部の里の村人たち。
庄屋さんのところに集まっては、がっくりうなだれている。
しかしそれもしょうがない。
なにせ丹精込めて育てていた米が、いよいよ収穫間近というところで野分(のわけ・台風のこと)にやられてしまったからだ。
せめて被害を受けた分の年貢を免除してくれたらいいのだが、この地を統べる代官は情け容赦なく取り立てていく。
「もうしまいじゃ。いよいよ口減らしをせねばならんのかのぉ」
どうにかしようと話し合うも妙案は浮かばず。
そんな会合の様子を物陰からそっと見ていた者がいた。
庄屋の娘にて、刈り入れを終えたら町の商家に嫁ぐことが決まっていたのだが、村のみんなが困窮しているのに、自分だけがのうのうと幸せになんてなれないと考えた。
さりとて非力な娘のこと、出来ることといったらせいぜい神仏にすがることぐらい。
だから娘はひとりこっそりと屋敷を抜けだし、咲耶神社へと参っては熱心に祈った。
「ヨシノさま、どうかみなを助けてください。お願いします」
言うなり、娘は懐から刃物と取り出すと己の黒髪をばっさり切った。
現代とは考え方や感覚がまるでちがう時代のことである。
この当時、髪は女の命にて、それを切ることは並大抵のことではなかった。
ある意味、命を捧げたにも等しい行為。
もしかしたらこれで婚儀もダメになるかもしれない。
それでも娘はやった。やらずにはいられなかった。
佳乃さまは娘の心根の優しさ、勇ましさにいたく感心され、この願いを叶えてやることにした。
さっそく頼みにしている従者を筆頭に、麾下の者らを動かしては、里の実りが豊かになるように土地を改良し、様々な知恵を授け、ときには我が身を盾として天災を防いだ。
その甲斐あって里はじきに息を吹き返し、豊かな地となり村人たちは救われた。
なお佳乃さまを動かした娘だが、そのまま神仏に帰依しようとするも、これを引き留めたのは結婚相手の男である。
嫁ぎ先の縁者の中には「そんなみっともない頭の嫁なんて」と難色を示す者もいたが、「なにを言うか! これがみっともないと思う、そいつの性根こそがみっともないわ!」と一喝して黙らせた。
晴れて夫婦になったふたりは、子宝にも恵まれ、商売も繁盛し、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
〇
第一幕が終演した。
観終わったら燭台の蝋燭の火を消す。
それが碓氷の定めたルールにて、わたしは「フッ」と息を吹きかけた。
とたんにオレンジ色をした小さな炎は消えて、辺りにはかすかに煤(すす)のニオイが漂う。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。
第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。
のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。
新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第三部、ここに開幕!
お次の舞台は、西の隣国。
平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。
それはとても小さい波紋。
けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。
人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。
天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。
旅路の果てに彼女は何を得るのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境のド田舎を飛び出し、近隣諸国を巡ってはお役目に奔走するうちに、
神々やそれに準ずる存在の金禍獣、大勢の人たち、国家、世界の秘密と関わることになり、
ついには海を越えて何かと宿縁のあるレイナン帝国へと赴くことになる。
南の大陸に待つは、新たな出会いと数多の陰謀、いにしえに遺棄された双子擬神の片割れ。
本来なら勇者とか英傑のお仕事を押しつけられたチヨコが遠い異国で叫ぶ。
「こんなの聞いてねーよっ!」
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第七部にして最終章、ここに開幕!
お次の舞台は海を越えた先にあるレイナン帝国。
砂漠に浸蝕され続ける大地にて足掻く超大なケモノ。
遠い異国の地でチヨコが必死にのばした手は、いったい何を掴むのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第六部。
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
国内外を飛び回っては騒動に巻き込まれつつ、次第に時代の奔流に呑み込まれてゆく。
そんなある日のこと。
チヨコは不思議な夢をみた。
「北へ」と懸命に訴える少女の声。
ナゾの声に導かれるようにして、チヨコは北方域を目指す。
だがしかし、その場所は数多の挑戦者たちを退けてきた、過酷な場所であった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第六部、ここに開幕!
お次の舞台は前人未踏の北方域。
まるで世界から切り離されたような最果ての地にて、チヨコは何を見るのか。
その裏ではいよいよ帝国の軍勢が……。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第五部。
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる