95 / 106
095 大切な名前
しおりを挟む本を読み進める――
少女はさる貴族のご令嬢にて、彼女の屋敷に居候することになったムーさんは、いろんな出来事を経験していく。
少女と共に歩み、彼女の成長を見守り続けるムーさん。
でも、ついに別れの時が訪れた。
少女はいつしか乙女となり、恋を知り、結婚して、母となり、孫が産まれて……
かたやムーさんは歳をとらず。スーラとは悠久の刻を生きる者ゆえに。
ふたりの時間の流れにはちがいがあったのだ。
最後の夜。
床に臥せる老嬢のかたわらにはムーさんの姿があった。
つらつらと昔話に華を咲かせるうちに、老嬢は眠るようにして安らかに逝く。
そんな彼女が最期にムーさんに残した言葉は『どうか自由に生きて下さい』というものであった。
これを受けてムーさんはふたたび旅立つ。
……と、ここまでが物語の前半にて第一部に相当している。
ざっと流し読みながらも、第一部の終わり方があまりにも切な過ぎて、わたしたちはそろってグスンと鼻をすすり目頭をおさえずにはいられない。
どうせよくある異世界ファンタジーでしょう、と舐めていたことをおおいに反省する。
そしてそれと同時にふつふつと湧いてくるのは怒りだ。
せっかくの本を、作品を、感動を台無しする悪質なイタズラをした輩を、可能ならば呪いたいぐらいである。「なにしてくれてんだよ、コノヤロー、バカヤロー」である。
「まったくだよ、タンスの角に足の小指をおもいきりぶつけたらいいのに」
と一枝さんもたいそうご立腹にて。
一方でジンさんとカクさんは「あんた漢だぜ」「見事な忠節、あっぱれ」とムーさんをポヨンポヨンと叩いている。
でもって、されるがままにプルルンと震えていたムーさんはというと、なにやらじっと考え込んでいるみたい。
かとおもったら突然、その身がびよ~んとのびて《あーっ!》
《思い出した! クロアだ。彼女の名前はクロア・ランドクレーズ!》
どうやら物語をなぞることで刺激を受けたせいか、彼の記憶の奥にあった引き出しのカギが開いたっぽい。
クロア・ランドクレーズ。
それこそが少女の名前にして、ムーさんがどうしても取り戻したかった大切な想い人の名前であった。
なんとも意外な形にてミッションを達成しちゃったものの、結果オーライにてわたしたちも「やった」「よかったね」とはしゃぐが、そのひょうしにバサリと落ちたのは本のページの一部。
ばらけたのは物語の終盤の方にて、「あっ、いけない」とあわてて拾い集めたわたしは、なにげなく紙面に目を通して「えっ」
〇
異世界を作った創世の女神さまとの邂逅の場面にて――
「自身の体を使っての世界の浄化、その使命を全うするためだけに存在し続ける、とても長い時間を。もしも高い知能があった場合、果たしてどうなると思う?
答えは、狂っちゃうの。ずっと暗い独房に放り込まれていると、人の精神がまいっちゃうみたいに、いずれ心が潰れちゃうの。
神竜も言っていたでしょう。『運命なんてモノは存在しない』と。
それが産まれた瞬間に確定する。その重み、苦痛、恐怖、閉ざされた未来、絶望には何人も抗えない。
ドラゴンが悠久の時を生き永らえられるのは、選択の自由が与えられているから。
神にしたってそうなの。みな未来を選び取れる可能性があるからこそ、今日を頑張れるの、明日へと歩いていけるの。
でもスーラにはそれが許されない。
だったらせめて苦痛を感じないようにしたいと私は考えたの……」
《それが知能の剥奪だということか……なるほど、確かに母の愛だな》
スーラは存在そのものがこの世界の浄化装置。
世界に蔓延する悪いモノを自然に吸収しては濾過することで、世界を清浄に保つ役割を担っている。
だから本来ならば知能も自我も持たない。
けど、ムーさんは前世の記憶を持った転生体にて、無いはずのモノを得てしまった。
ゆえに長い旅路の果てに待つのは……
いくらなんでもあんまりだと、これを気の毒におもっての女神さまからの救済案に対して、ムーさんこう答えた。
《あぁ、オレはこの道を行く。とびっきりいい女と自由に生きるって約束したからな》
〇
自分が世界を維持するための歯車に過ぎず、どれだけ足掻こうともそこからは抜け出せない。ばかりか、いずれは自分が自分ではいられなくなる。
物語の結末、ムーさんが辿る過酷な運命を知って、わたしは口元を手でおさえわなわなと震えた。
なのに当のムーさんは笑っていた。
笑って《ありがとう》との礼を述べては、その姿がにじんでぼやけて消えていく。
忘れていた大切な人の名前を思い出し、自分のあるべき世界へと帰っていくのだ。
ムーさんが消えたあとには『青のスーラ』の本が残されてあった。
キレイなものにて、どこにもイタズラをされていない。
これでミッションクリアだ。
だけど、ムーさんの末路を知ってしまったわたしの表情は晴れなかった。
ハッピーエンドばかりじゃない。
バッドエンドもあれば、モヤモヤしてすっきりしないメリーバッドエンドなんかもある。
きちんと締めるパターンもあれば、あえて輪を閉じずにちょっと想像の余地を残しておくこともある。
それが物語というもの。
ムーさんはしょせん小説のキャラクターだ。
現実じゃない。頭ではわかっている。
それでもしゅんとなる。
第六の試練の儀をクリアしたことに浮かれる仲間たちをよそに、ひとりうなだれているわたし、その肩に優しく手をのせたのは文花だった。
「ミユウは優しい子ね。でも、それは同情かしら? もしもそうならムーさんに失礼というものよ。彼は自分で自分の進むべき道を決めたの。その覚悟を否定する権利は誰にもないわ。それに、ね」
文花がわたしにだけ聞こえるように、耳元でそっとささやく。
「物語のあとの物語もじつはちゃんとあるの。
一冊の本としては完結していようとも物語の輪は閉じていない。
なかの世界は終わらずにあって、まだまだ続いている。
気づいていないのは、知らないのは傍観者である読者だけ。
ふふふっ、もしかしたら貴女や私もまた、どこかの誰かが書いた物語の登場人物なのかもしれないわね」
にんまり微笑んだ文花、その頭に耳がぴょこっと生えて、お尻からはフサフサしたしっぽも。
そしてドロン!
オレンジ色の毛並みも美しいキツネの姿となった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。
第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。
のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。
新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第三部、ここに開幕!
お次の舞台は、西の隣国。
平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。
それはとても小さい波紋。
けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。
人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。
天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。
旅路の果てに彼女は何を得るのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境のド田舎を飛び出し、近隣諸国を巡ってはお役目に奔走するうちに、
神々やそれに準ずる存在の金禍獣、大勢の人たち、国家、世界の秘密と関わることになり、
ついには海を越えて何かと宿縁のあるレイナン帝国へと赴くことになる。
南の大陸に待つは、新たな出会いと数多の陰謀、いにしえに遺棄された双子擬神の片割れ。
本来なら勇者とか英傑のお仕事を押しつけられたチヨコが遠い異国で叫ぶ。
「こんなの聞いてねーよっ!」
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第七部にして最終章、ここに開幕!
お次の舞台は海を越えた先にあるレイナン帝国。
砂漠に浸蝕され続ける大地にて足掻く超大なケモノ。
遠い異国の地でチヨコが必死にのばした手は、いったい何を掴むのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第六部。
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?六本目っ!不帰の嶮、禁忌の台地からの呼び声。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
国内外を飛び回っては騒動に巻き込まれつつ、次第に時代の奔流に呑み込まれてゆく。
そんなある日のこと。
チヨコは不思議な夢をみた。
「北へ」と懸命に訴える少女の声。
ナゾの声に導かれるようにして、チヨコは北方域を目指す。
だがしかし、その場所は数多の挑戦者たちを退けてきた、過酷な場所であった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第六部、ここに開幕!
お次の舞台は前人未踏の北方域。
まるで世界から切り離されたような最果ての地にて、チヨコは何を見るのか。
その裏ではいよいよ帝国の軍勢が……。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部~第五部。
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?四本目っ!海だ、水着だ、ポロリは……するほど中身がねえ!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?五本目っ!黄金のランプと毒の華。」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる