下出部町内漫遊記

月芝

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084 クロスオーバー!

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 抜き足、差し足、忍び足。
 カラスまであとほんのちょっと……シメシメ、相手はまだ気づいてない。
 そろそろ一斉に飛びかかろうか。

 という段になって、にわかに周辺が騒がしくなった。
 何ごとかとおもえばジンさんとカクさんである。例の青いスーラとかいうナゾ生物を追っかけてきたところで、わたしたちとかち合ってしまう。

 異世界ファンタジーと伝奇小説がクロスオーバー!

 ゴロゴロゴロ、玉となっては猛然と転がってくるスーラ。
 それを「待てーっ」「観念せぬか」と懸命に追う人体模型と骨格標本。
 これに驚いたカラスは「カァ!?」
 腎臓パーツを引っ掴むなり、すぐにバタバタ飛び立ってしまった。
 たちまち遠ざかっていく黒い翼、好機を逃したわたしと藤士郎さんは「あー」とがっかりする。

 にしてもだ。
 ぷよんぽよんとするだけでなく、あんな風にも動けるだなんて!
 驚いているうちにも、ずんずんこちらへと向かってきたもので、わたしは危うく撥ねられそうになった。
 が、寸前のところで藤士郎さんに助けられて大事にはいたらず。

 それに遅れることしばし。
 ドタバタやってきたジンさんとカクさんが、「ちくしょう、あんなのアリか?」「なんと奇怪な輩であろうか」とぼやいては、肩で息をしている。
 彼らも捕獲対象に翻弄されて苦戦中のようである。

 獲物を逃がした二組。
 ここでかくかくしかじか、手短に互いの状況を説明しては情報を共有し、今後の相談をする。
 その話し合いのさなかのこと。
 いつになく口数が少ないカクさん、なにやら様子がおかしい。妙にギクシャクしている。
 だからわたしが「どうかした?」とこそっと訊ねたら、カクさんが言うことには……

「あの若者は何だ? たしか九坂藤士郎といったか。伯天流? とんと聞き覚えのない流派だ。じゃが、とんでもない達人だぞ」

 なんぞと言い出したもので、わたしは「えっ、そうなの」ときょとん。
 ひょうひょうとしており、何やらとらえどころがない青年だとは思っていたけれども。

「カクさんよりも強かったりする?」
「ああ、悔しいがワシなんぞではとても太刀打ちできまい。おそらく三合(さんごう)ともたぬであろう」

 合というのは、剣と剣を打ち合う単位。
 つまり三回、キンコンカンとやりあうのが限界ということ。
 武芸百般なんでもござれと豪語するカクさんをして、そこまで言わせるとは……よほどなのであろう。
 相棒の小太刀の付喪神に逃げられている姿からはとてもそうは見えないんだけど、人は見かけによらないものである。

 それはともかくとして、どうやらカクさんは藤士郎さんを前にすると萎縮してしまうらしい。なまじ強いのが仇となる。いっしょに行動したら逆効果にて。
 だからわたしたちは、このままの組み合わせにて、おのおのの対象を追うことにした。
 なおジンさんに「もしかしたら失くしていた腎臓のかたわれが見つかったかもしれない」と告げたら、「ずっと穴のあたりがスースーして落ちつかないので、よかった」と喜んでいた。
 これは是が非でも取り返さなければと、わたしは「ふんす」と意気込んだところで、「それじゃあ、またあとで」とジンさんカクさんペアと別れた。

  〇

 逃げるカラス、追うわたしたち。
 追いかけっこを続けているうちに、わたしは気づいてしまった。

「あっ、たぶん、わたしたちってばおちょくられている」

 だって、これ見よがしに着地してはボケーっとし、わたしたちが近づいたところで「カァ」と飛び立つをひたすらくり返しているんだもの。
 去り際にちらりとこちらを見る顔つきの、なんと小憎たらしいことか。
 わたしの目にはニヤリとカラスが笑っているように映る。
 しかしこのままではらちがあかない。

「ねえ、藤士郎さん。あの子の好物とかないの?」

 エサで誘き寄せたところを捕まえる。
 ありきたりな作戦だが、これぐらいしか思いつかない。
 すると藤士郎さんは「あるにはあるんだけど」と懐から取り出したのは竹皮の包み。
 中身は串団子、行きつけの茶屋のみたらし団子にて味は絶品とのこと。

「そんなのがあるんだったら、最初から出してくれたらよかったのに」
「あ~、いや、じつはこれ、うちの居候へのお土産なんだよ」
「居候?」
「うん、銅鑼っていう猫なんだけどね。とにかく食い意地が張った奴でさぁ」

 甘味好きにて、団子のこととなったら目の色が変わる。
 でもってそんな銅鑼の正体は窮奇(きゅうき)とかいう大妖なんだそう。
 腰に差している小太刀は付喪神で、居候は猫の妖怪で、ついでにお母さんは幽霊なんだと。
 もう、わけがわからない。
 伝奇小説っていったい何なんだろう?
 だからわたしは余計なことは知らんぷりをして、為すべきことのみに集中することにした。
 それすなわち、あの鳥丸とかいうやんちゃなカラスをとっ捕まえること。
 というわけで……

「ねえ、ここでお団子、食べてもいい?」

 許可を求めたのは藤士郎さん……ではなくて、文花だ。
 この図書館のいまの管理者は彼女だから。
 本来、館内では飲食厳禁である。
 しかしカラスを誘き寄せるのには、「ほれほれ、こっちの団子はあまいぞ~、おいしいぞ~」と存分に見せびらかす必要がある。
 そこで許可を求めたところ「しょうがないわね。今回だけよ」と特別にOKしてくれた。
 というわけで、さっそくお団子作戦決行である。


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