83 / 106
083 小太刀・烏丸
しおりを挟む「こら、待てーっ! ジンさんの腎臓置いてけーっ!」
図書館ではやっちゃダメな大声を出しながら、わたしはカラスを懸命に追いかける。
しかし上ばかり見ていたものだから足下がすっかりおろそかになっていた。
置いてあった一人掛けのソファーに突っ込んでしまって「うぎゃっ」
ソファーを押し倒し、もろともにドタンバタンと派手に転んでしまった。
「アイタタタ」
でんぐり返りにて腰をしたたかに打つ。
わたしが悶絶していると、そこへ降ってきたのは「カァ~、カァ~」という声。
まるでこちらを小馬鹿にするかのよう。
カラスはわたしの上を二度ほど旋回してから、ふたたび飛んでいく。
これにわたしは、ムカッ!
「うが~、こんにゃろうめ! ぜったいに捕まえてやる。そして羽根をブチブチむしってやるんだから!」
痛みよりも怒りが勝り、わたしはすぐさま立ち上がる。
でも、そのまま走り出したりはせずに、まずは自分が倒したソファーをちゃちゃっと元に戻してから、カラスの追跡を再開した。
カラスは円筒状の館内を横断して、向う側の二階へと向かっている。
だからわたしも最寄りの階段を目指したところで――
「きゃっ」
「おっと」
またしても角を曲がったところで、藤士郎さんと鉢合わせしてしまった。
が、今度はぶつかるのではなくてボフンと抱き留められたので、ちょっとビックリしただけの被害で済んだ。
それにしてもと、わたしはドキッとする。
はずみで藤士郎さんに抱きつくことになったんだけど、実際に触れてみてすごく驚いた。
だって細身にみえて、ものすごくゴツゴツしているんだもの。ちゃんとした男の、それもよく鍛え上げられた体であった。
スポーツマンとはちがう剣客の肉体に、わたしはけっこうドキドキ。
なおそんな藤士郎さんの腰に小太刀の姿はなし、まだ見つかっていないようだ。
「……って、それどころじゃなかったんだ! 急がないとあのカラスを見失っちゃう。もしも外に逃げられたらアウトだ」
あわてているわたしに、藤士郎さんが「おや、カラスですか?」と訊いてきたものだから、「そう、カラスなの」と言ったら、次に意外な言葉が返ってきた。
「あぁ、よかった。烏丸(からすまる)が見つかったんですね」と。
九坂藤士郎の愛用の小太刀・烏丸。
もとは寺の蚤の市(のみのいち)で両親から買ってもらった品にて、作者不明で頑丈さだけが取り柄のような小太刀であったが、藤士郎の相棒として幾多の強敵や妖らと対峙し、奇々怪々な冒険をくり広げたおかげで、ついには付喪神へと至った。
「えーと、つまりはあのカラスが藤士郎さんの探していた物ってことなの?」
「はい。いやぁ、まさかカラスの姿になって飛び回っていたとは……どおりで、いくら地べたとにらめっこしても見つからないわけだ。これはしたり、はっはっはっ」
「………………」
わたしはジト目である。小太刀が付喪神で、カラスになっちゃうとか聞いてないんですけど。
でもって、これにより藤士郎さんが伝奇小説というジャンルの登場人物であることが判明した。
ちなみに伝奇小説とは、陰陽術とか妖怪などのファンタジー要素が含まれている時代小説のことである。
とにもかくにも、わたしと藤士郎さんの利害は一致している。
それどころか烏丸を捕まえれば、ジンさんの腎臓パーツが取り戻せるだけでなく、第六の試練の儀のお題のひとつをクリアできちゃうので、一石二鳥のようなもの。
だからわたしたちは連れ立って、二階フロアへとあがっていった。
〇
現在の図書館は三階建ての吹き抜けの天井となっている。
だから上階のフロアは壁面沿いのみにて、中央部分がごっそり抜けている。
向う側へと行くには壁沿いの通路兼読書スペースを通るしかない。
ようはカラスみたいに翼でもないかぎりは、ぐるりと遠回りするしかないということ。
二階へとあがったわたしたちは、すぐに近くの柱の陰に隠れた。
ふたりの視線の先にカラスはいた。
春の読書フェアとのパネルが設置されている特設ブース、そこの台の上にて羽根を休めては、のんきに毛づくろいなんぞをしている。いや、この場合は羽づくろいというのが正しいのか?
すぐ近くには盗まれた腎臓パーツも転がっていた。
はや飽きたのか、それもと気をぬいているのかは知らないが、どちらにせよチャンスである。
わたしが目配せすると、藤士郎さんも黙ってうなづく。
ふたりはソロリソロリ、向うからは見えない死角から死角へと渡りつつ、こっそり近づいていく。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる