下出部町内漫遊記

月芝

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083 小太刀・烏丸

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「こら、待てーっ! ジンさんの腎臓置いてけーっ!」

 図書館ではやっちゃダメな大声を出しながら、わたしはカラスを懸命に追いかける。
 しかし上ばかり見ていたものだから足下がすっかりおろそかになっていた。
 置いてあった一人掛けのソファーに突っ込んでしまって「うぎゃっ」
 ソファーを押し倒し、もろともにドタンバタンと派手に転んでしまった。

「アイタタタ」

 でんぐり返りにて腰をしたたかに打つ。
 わたしが悶絶していると、そこへ降ってきたのは「カァ~、カァ~」という声。

 まるでこちらを小馬鹿にするかのよう。
 カラスはわたしの上を二度ほど旋回してから、ふたたび飛んでいく。
 これにわたしは、ムカッ!

「うが~、こんにゃろうめ! ぜったいに捕まえてやる。そして羽根をブチブチむしってやるんだから!」

 痛みよりも怒りが勝り、わたしはすぐさま立ち上がる。
 でも、そのまま走り出したりはせずに、まずは自分が倒したソファーをちゃちゃっと元に戻してから、カラスの追跡を再開した。
 カラスは円筒状の館内を横断して、向う側の二階へと向かっている。
 だからわたしも最寄りの階段を目指したところで――

「きゃっ」
「おっと」

 またしても角を曲がったところで、藤士郎さんと鉢合わせしてしまった。
 が、今度はぶつかるのではなくてボフンと抱き留められたので、ちょっとビックリしただけの被害で済んだ。
 それにしてもと、わたしはドキッとする。
 はずみで藤士郎さんに抱きつくことになったんだけど、実際に触れてみてすごく驚いた。
 だって細身にみえて、ものすごくゴツゴツしているんだもの。ちゃんとした男の、それもよく鍛え上げられた体であった。
 スポーツマンとはちがう剣客の肉体に、わたしはけっこうドキドキ。
 なおそんな藤士郎さんの腰に小太刀の姿はなし、まだ見つかっていないようだ。

「……って、それどころじゃなかったんだ! 急がないとあのカラスを見失っちゃう。もしも外に逃げられたらアウトだ」

 あわてているわたしに、藤士郎さんが「おや、カラスですか?」と訊いてきたものだから、「そう、カラスなの」と言ったら、次に意外な言葉が返ってきた。

「あぁ、よかった。烏丸(からすまる)が見つかったんですね」と。

 九坂藤士郎の愛用の小太刀・烏丸。
 もとは寺の蚤の市(のみのいち)で両親から買ってもらった品にて、作者不明で頑丈さだけが取り柄のような小太刀であったが、藤士郎の相棒として幾多の強敵や妖らと対峙し、奇々怪々な冒険をくり広げたおかげで、ついには付喪神へと至った。

「えーと、つまりはあのカラスが藤士郎さんの探していた物ってことなの?」
「はい。いやぁ、まさかカラスの姿になって飛び回っていたとは……どおりで、いくら地べたとにらめっこしても見つからないわけだ。これはしたり、はっはっはっ」
「………………」

 わたしはジト目である。小太刀が付喪神で、カラスになっちゃうとか聞いてないんですけど。
 でもって、これにより藤士郎さんが伝奇小説というジャンルの登場人物であることが判明した。
 ちなみに伝奇小説とは、陰陽術とか妖怪などのファンタジー要素が含まれている時代小説のことである。

 とにもかくにも、わたしと藤士郎さんの利害は一致している。
 それどころか烏丸を捕まえれば、ジンさんの腎臓パーツが取り戻せるだけでなく、第六の試練の儀のお題のひとつをクリアできちゃうので、一石二鳥のようなもの。
 だからわたしたちは連れ立って、二階フロアへとあがっていった。

  〇

 現在の図書館は三階建ての吹き抜けの天井となっている。
 だから上階のフロアは壁面沿いのみにて、中央部分がごっそり抜けている。
 向う側へと行くには壁沿いの通路兼読書スペースを通るしかない。
 ようはカラスみたいに翼でもないかぎりは、ぐるりと遠回りするしかないということ。

 二階へとあがったわたしたちは、すぐに近くの柱の陰に隠れた。
 ふたりの視線の先にカラスはいた。
 春の読書フェアとのパネルが設置されている特設ブース、そこの台の上にて羽根を休めては、のんきに毛づくろいなんぞをしている。いや、この場合は羽づくろいというのが正しいのか?
 すぐ近くには盗まれた腎臓パーツも転がっていた。
 はや飽きたのか、それもと気をぬいているのかは知らないが、どちらにせよチャンスである。
 わたしが目配せすると、藤士郎さんも黙ってうなづく。
 ふたりはソロリソロリ、向うからは見えない死角から死角へと渡りつつ、こっそり近づいていく。


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