下出部町内漫遊記

月芝

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062 ホンドタヌキ

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 道が出来たとおもったら、そこからはあっという間であった。
 何台ものトラックがひっきりなしに訪れては、また去って行くのをくり返す。
 重機のエンジンがうなりをあげては山が切り崩され、森が削られ、地面が抉られ……

「はぁ~、またかよ」

 まただ。
 また住処(すみか)を失った。
 産まれ育った土地はダムになった。次に移り住んだ先は団地になった。その次に住んだところはゴルフ場となり、そのまた次に住んだところは宅地となり、そのまたまた次はたしかゴミ処理場だったかな。不法投棄の盛り土が原因の土砂崩れで巣穴が潰されたこともある。

 ワシはタヌキだ。
 先祖代々ホンドタヌキを生業(なりわい)としている。
 そんなワシだが、なんの因果か、引っ越しをする度にこんな憂き目に遭う。
 一度や二度ぐらいならばともかく、それが数十も重なれば何やら因縁めいてくるもので、たんに運が悪いでは片付けられない。神社や寺に参っては熱心に拝んだこともあるが効果はさっぱり。

 そのうちにウワサがウワサを呼び、周囲から向けられる目が明らかに変わった。
 まるで貧乏神のような扱いにて、面と向かって「こっちにくんな」とは言われないけれども、露骨に煙たがられるようになった。
 転居も30回を越えた頃。
 ついに女房からも愛想を尽かされた。

「実家に帰らせていただきます」

 女房は子どもを連れて出て行った。
 情けない話さ。
 それでもいずれ安住の地を見つけたら、女房子どもを迎えに行こうと心に誓う。
 しかしそんな気持ちとは裏腹に、ワシはそれからも各地を転々と放浪することになった。
 南は沖縄から、北は北海道まで。
 四国や淡路島にも渡った。
 ついでに各地の寺社仏閣にも顔を出しては祈願なんぞもしてみた。
 だが、ワシを取り巻く状況は何も変わらない。
 変わるのはワシの住所だけだ。

 途中からは意地というか、自棄になっていたことは否めない。
 気づけば引っ越しの回数が94回にもなっていた。
 三桁の大台まであと少し。
 ちなみに、引っ越し魔として有名な浮世絵師・葛飾北斎ですらもが、93回であることからして、いかにこの記録がすごいかがわかるというもの。

 もっともワシの場合は人間や天災などで住むところを追われてやむを得ず。
 北斎の場合はたんに片付けるのが面倒とかの理由だったらしいがな。
 とどのつまり北斎は片付け下手の掃除ぎらいが高じ、ゴミ屋敷になったから半ば追い出されたり、逃げ出すのをくり返していたというから呆れた話さ。とんだ無精者である。
 でもって北斎は88歳で亡くなるまで引っ越しをくり返したもので、だいたい年一回から二回のペースだ。
 比べてワシらタヌキの平均寿命は5~6年である。長生きすれば10年、精進してポンポコ化けられるぐらいにまでなれば、もっと寿命はのびるがそんなヤツは稀だ。
 だって、修行はたいへんだし、とてもめんどうなんだもの。
 え~と、くどくど何が言いたかったのかというと、ようはワシの方が引っ越し魔の称号がふさわしいということ。

 まぁ、そんなことはさておき。
 ワシはそこそこがんばって生きた。
 生来、頑強な性質でもあったのだろう。丈夫に産んでくれた母親には感謝しかない。
 でも結局、安住の地は得られず、ついには妻子を迎えに行くこともなかった。
 風のウワサで伝え聞いたところでは、実家に戻って一年後には再婚したらしい。連れ子にもかかわらず、新しく父になった男に子どももよく懐いているそう。
 だからワシは元妻の郷里には近づかないようにしていたし、子どもにも会いに行かなかった。
 不用意な行動で、せっかくうまくいっている家庭に波風を立てるべきではない。
 そう考えた。
 この選択が正しかったのかどうかは、ワシにはわからない。

 前世の因縁か、はたまた何者かの祟りや呪いの類か、あるいは先祖の悪行のツケか。
 何の因果か、このような不幸な星の下に産まれた。
 自分なりにがんばってはみたけれど、どうあっても逃れられない運命(さだめ)らしい。
 たまさか立ち寄った町にあった神社。
 そこの境内の奥にあった梅林にて、咲き始めの梅の花を見上げながらワシは「はぁ~」と盛大なタメ息をつく。
 するとそんなワシの肩をサッサと払う者がいる。
 いきなりにてワシがあわててふり返ると、そこにはひとりの女人がいた。脇には従者らしき青年の姿もある。
 にしても、まったく気配がわからなかった。
 野生のタヌキにあるまじき失態にワシが愕然としていると、女人が言った。

「ずいぶんとご苦労をされたようですね。でももう大丈夫ですよ。ちゃっちゃと払っておきましたから」

 その言葉が本当であったことは、ほどなくして判明した。
 なぜならワシは生まれて初めて安住の地を手に入れたから。
 ワシは御方さまによって救われた。
 だからワシは――


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