62 / 106
062 ホンドタヌキ
しおりを挟む道が出来たとおもったら、そこからはあっという間であった。
何台ものトラックがひっきりなしに訪れては、また去って行くのをくり返す。
重機のエンジンがうなりをあげては山が切り崩され、森が削られ、地面が抉られ……
「はぁ~、またかよ」
まただ。
また住処(すみか)を失った。
産まれ育った土地はダムになった。次に移り住んだ先は団地になった。その次に住んだところはゴルフ場となり、そのまた次に住んだところは宅地となり、そのまたまた次はたしかゴミ処理場だったかな。不法投棄の盛り土が原因の土砂崩れで巣穴が潰されたこともある。
ワシはタヌキだ。
先祖代々ホンドタヌキを生業(なりわい)としている。
そんなワシだが、なんの因果か、引っ越しをする度にこんな憂き目に遭う。
一度や二度ぐらいならばともかく、それが数十も重なれば何やら因縁めいてくるもので、たんに運が悪いでは片付けられない。神社や寺に参っては熱心に拝んだこともあるが効果はさっぱり。
そのうちにウワサがウワサを呼び、周囲から向けられる目が明らかに変わった。
まるで貧乏神のような扱いにて、面と向かって「こっちにくんな」とは言われないけれども、露骨に煙たがられるようになった。
転居も30回を越えた頃。
ついに女房からも愛想を尽かされた。
「実家に帰らせていただきます」
女房は子どもを連れて出て行った。
情けない話さ。
それでもいずれ安住の地を見つけたら、女房子どもを迎えに行こうと心に誓う。
しかしそんな気持ちとは裏腹に、ワシはそれからも各地を転々と放浪することになった。
南は沖縄から、北は北海道まで。
四国や淡路島にも渡った。
ついでに各地の寺社仏閣にも顔を出しては祈願なんぞもしてみた。
だが、ワシを取り巻く状況は何も変わらない。
変わるのはワシの住所だけだ。
途中からは意地というか、自棄になっていたことは否めない。
気づけば引っ越しの回数が94回にもなっていた。
三桁の大台まであと少し。
ちなみに、引っ越し魔として有名な浮世絵師・葛飾北斎ですらもが、93回であることからして、いかにこの記録がすごいかがわかるというもの。
もっともワシの場合は人間や天災などで住むところを追われてやむを得ず。
北斎の場合はたんに片付けるのが面倒とかの理由だったらしいがな。
とどのつまり北斎は片付け下手の掃除ぎらいが高じ、ゴミ屋敷になったから半ば追い出されたり、逃げ出すのをくり返していたというから呆れた話さ。とんだ無精者である。
でもって北斎は88歳で亡くなるまで引っ越しをくり返したもので、だいたい年一回から二回のペースだ。
比べてワシらタヌキの平均寿命は5~6年である。長生きすれば10年、精進してポンポコ化けられるぐらいにまでなれば、もっと寿命はのびるがそんなヤツは稀だ。
だって、修行はたいへんだし、とてもめんどうなんだもの。
え~と、くどくど何が言いたかったのかというと、ようはワシの方が引っ越し魔の称号がふさわしいということ。
まぁ、そんなことはさておき。
ワシはそこそこがんばって生きた。
生来、頑強な性質でもあったのだろう。丈夫に産んでくれた母親には感謝しかない。
でも結局、安住の地は得られず、ついには妻子を迎えに行くこともなかった。
風のウワサで伝え聞いたところでは、実家に戻って一年後には再婚したらしい。連れ子にもかかわらず、新しく父になった男に子どももよく懐いているそう。
だからワシは元妻の郷里には近づかないようにしていたし、子どもにも会いに行かなかった。
不用意な行動で、せっかくうまくいっている家庭に波風を立てるべきではない。
そう考えた。
この選択が正しかったのかどうかは、ワシにはわからない。
前世の因縁か、はたまた何者かの祟りや呪いの類か、あるいは先祖の悪行のツケか。
何の因果か、このような不幸な星の下に産まれた。
自分なりにがんばってはみたけれど、どうあっても逃れられない運命(さだめ)らしい。
たまさか立ち寄った町にあった神社。
そこの境内の奥にあった梅林にて、咲き始めの梅の花を見上げながらワシは「はぁ~」と盛大なタメ息をつく。
するとそんなワシの肩をサッサと払う者がいる。
いきなりにてワシがあわててふり返ると、そこにはひとりの女人がいた。脇には従者らしき青年の姿もある。
にしても、まったく気配がわからなかった。
野生のタヌキにあるまじき失態にワシが愕然としていると、女人が言った。
「ずいぶんとご苦労をされたようですね。でももう大丈夫ですよ。ちゃっちゃと払っておきましたから」
その言葉が本当であったことは、ほどなくして判明した。
なぜならワシは生まれて初めて安住の地を手に入れたから。
ワシは御方さまによって救われた。
だからワシは――
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる