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019 パリパリ、キャベツ最強伝説
しおりを挟むカクさんが敗れた直後に、中堅であるジンさんが動く。
とはいってもジンさんはインテリを自認しているので、荒っぽいことはあまり得意ではない。だからどうするのかとおもいきや……
「えいっ、これでもくらえ!」
ジンさんが投げたのは自分のパーツ。
肝、心、脾、肺、腎、胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦ら五臓六腑、それらを次々とパッソにポコポコぶつける。ただし、腎臓は片方紛失中につき一個だけだ。
ばかりか脳に目玉までも放つ。
文字通り体を張った攻撃。
さすがにこれは気持ち悪いのか、パッソも迷惑そうに首を振っては「ヴェエェェェ~」と足踏み。
突進が止まった。
その隙にジンさんが手で「さぁ、いまのうちに」とシッシッ。
ハンドサインを受けて、ジンさんの背中に隠れていたわたしは飛び出し、駆け始める。
まんまとパッソをだし抜くことに成功。
わたしは懸命に足を動かす。一枝さんは離れて斜め後方を飛びながらついてくる。
昇降口までは十五メートルほどの距離だ。
わたしの五十メートル走のタイムは八秒台後半。じつはこれ、六年生女子の平均よりちょっと速くて、男子並みだったりする。もっともそこそこ速いのは五十メートルまでで、これが百メートルになると、とたんにへばって失速しちゃうけど。
たったの三秒弱――
全力で廊下を駆け抜けるだけでいい。
それでゴールだ。
でも、その三秒がやたらと長く感じられる。
すぐそこの昇降口が遠い。なかなか近づけない。
いつの間にか視界のなかの流れがゆっくりになっていた。
どうやら極度の緊張と集中で、ゾーンに入った模様。
息が苦しい。手足がバタつきうまく走れない。気ばかりが急く。
さなかに聞こえてきたのは「チチチ」という一枝さんのさえずり声。
「くるよ、ミユウ!」
どうやらジンさんがやられてしまったらしい。
カクさんとジンさんを続けて撃破したパッソは、すぐさま反転して追撃を開始。
躍動する四肢が秘めた瞬発力は、二本足の小娘とは比べものにならない。
ふたりが稼いでくれた貴重な猶予が、瞬く間に潰されていく。
背後から迫る気配、その圧に押されるようにして昇降口前に着いた!
が、ここからが問題であった。
下駄箱の合間を抜けて、外へと向かうにはカクンと直角に曲がらなければならない。
それすなわち減速する必要があるということ。
でも、いま速度を落としたら、その瞬間に横からズドンとパッソの頭突きを喰らって吹き飛ばされてしまうだろう。
どこかに手を引っかけて強引に曲がっても、やはり失速はまぬがれない。
ゆえにわたしは――
だしぬけに立ち止まった。
「なっ、いったい何を考えてるんだミユウ!」
意外な行動に驚きあわてたのは一枝さん。
パッソが、すぐそこまで近づいている。
絶体絶命のピンチ、この場面でわたしがしたのは、ぺりっキャベツの葉を剥がすこと。
じつはこれこそがわたしの温めていた秘策にて。
あれはファーストチャレンジのときのことだ。
パッソはわたしからせしめた戦利品のキャベツを、それは美味そうにムシャムシャ食べていた。その姿を目にして、わたしは「もしかしたら、コレって使えるかも」と思いつく。
だからこそ、わざわざ邪魔なキャベツを拾ってきたのだ。
あわよくばお土産にしようとしていたのも事実だが、真意はこっち。
賭けみたいなものだけど、その結果やいかに!
〇
パリパリ、もぐもぐ……
にぃと歯茎を見せながら、キャベツの葉を咀嚼するパッソ。
口の中の分をごっくんと呑み込み「メェ~」
次を寄越せとの思し召しにて、わたしは「はいはい、ただいま」とすぐに新しい葉を千切って渡す。
ご覧の通り、わたしは賭けに勝った。
あれほど猛々しかったパッソも、エサを前にしたら現金なものですっかりおとなしくなっては、「くれくれ」と甘えて頭をゴリゴリこすりつけてくるではないか。
散々に苦しめられた相手なのに、こうなるとかわいく見えてくるから動物はズルい。
最強はキャベツだった。
わたしはパッソを脇に従えて、昇降口から外へと出た。
降り注ぐ陽射しに手をかざし、わたしは目を細める。
ようやく学校迷宮をクリア。
ここまで本当に長かった。
解放されたわたしは「ん~」と大きく背伸びをしては深呼吸をする。
そこへ「やったな、ミユウ」と飛んできたのは一枝さん。復活したジンさんとカクさんも「おつかれ」「でかした」と駆け寄ってきた。
輪となり喜びを分かち合う一行。
すると、そこへどこからともなくあらわれたのは着物姿のおかっぱ頭の女の子。
咲耶神社の神座を狙う七葉の妖たちのうちがひとり、千歌。
こう見えて悪い妖である。
だからわたしたちが身構えていると、千歌は「う~、くやしい~、まけたぁ~」と地団駄を踏んだとおもったら、ポンっ。
その姿が小さなクマネズミになっちゃった!
これが彼女の正体、千歌はネズミの妖であったのだ。
でもって、勝負に負けると妖は正体をさらすことになるっぽい。
「ちゅう~、おぼえてなさいよ~」
との捨て台詞を残して、クマネズミの千歌はタタタといずこかへ走り去って行ったもので、残されたわたしたちは悪いとおもいつつも「あはは」と笑ってしまった。
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