下出部町内漫遊記

月芝

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001 クマネズミ

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 うちの一家は山奥の森に暮らしていた。
 おとうもおっかあも、じいじもばあばも、そのまた前のじいじとばあばも……
 ずっとずっと森で生きてきた。
 だからうちもそうなのかぁ、とおもっていた。

 ある晩のことだった。
 お月さまがまん丸であんまりにもキレイだったから、もっと近くで見てみたくなった。
 だから御山のてっぺんに生えている杉の古木のところにやってきて、「うんしょ、うんしょ」
 がんばってのぼってみたのだけれども、木の上からでもやっぱりお月さまには手がとどかない。

 うちはがっかりした。
 でも、そのときのこと。
 ふと西の方に顔を向けると、キラキラしているモノがある。

 煌々と地上を照らすお月さまとはちがう。
 燦々と地上を照らすお陽さまともちがう。
 輝々と天の川で瞬くお星さまともちがう。

 見たことのない不思議な光であった。

「すごくキレイ……でもあれはいったい何なんじゃろうか」

 うちが首をかしげていると、杉の古木が教えてくれた。

『あれはな、人間たちの住む街じゃよ』

 にんげん!

 うちはまだ見たことがないけれど、じいじによれば、それはそれはおそろしい生き物だという。
 お兄ちゃんが「どれくらいおそろしいの?」とたずねたら「腹を減らしたフクロウよりも、大喰らいのヘビよりも、ずっともっとおそろしい」と真剣な面持ちで言われたもので、うちら兄妹たちはみな震えあがったものである。
 でも、じいじはすぐににこりと微笑みこうも言っていた。

「なぁに、やつらはめったに山の奥にはこん。ここにおったら安心じゃ」と。

 そんなおそろしい人間たちがいっぱいいる場所。
 なのに、うちの目はクギづけとなった。
 だって本当に華やかで、あんまりにもキレイだったから……

  ◇

 お腹と背中の皮がくっつきそう。
 もう四日、ろくに食べていない。
 雨ですっかり濡れそぼった体が重かった。
 ついには動けなくなり、その場でうずくまる。
 薄れゆく意識の中、うちは後悔していた。

 あれほど華やいで見えた場所は、いざ足を踏み入れてみるとまるでちがっていた。
 すべてが硬く冷たく、いつわりがはびこり、空気はどんより淀み、まるで魔境のよう。
 そこに住む動物たちもまた厳しい。
 山からやってきたクマネズミの小娘を、田舎者だとバカにしてはからかい、余所者と邪険にする。人間たちもだ。よってたかって追いかけ回しては、意地悪をする。

 遠くからだとあんなにキレイだったのに……

 ここは汚い。
 イヤなことばかりだ。
 降る雨までもが冷たい。
 うちは震えながらシクシク泣いていた。
 でも、そんなうちに手を差しのべてくれる者があらわれた。

「あら、かわいそうに。こんなに震えて」

 その御方は上等な衣が濡れて汚れるのもかまわず、うちを優しく抱きかかえると、自分の家へ連れていってくれた。

 もしもあのとき御方さまに拾われなければ、うちはきっとそのまま死んでいただろう。
 だから、だからうちは――


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