とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。

月芝

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64 宮原百合さん

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 月夜の下を直走る二つの影、屋根から屋根へ軽やかに飛び移り、路地裏を疾風のごとく駆け抜ける。

 影に潜み闇に生きる女、セラーさん。
 紅いドラゴンが人化したアルティナさん、とその背におぶさった私。
 だから三人なのに影は二つなのです。
 いや、私も速く走れるのですが、速すぎて二人を置いてけぼりにして、ハグれてしまうので、こういう形に納まっているのです。決して、すぐに迷子になるせいではありませんよ。

 そして着きました保養所という名の監獄に。
 周囲は高い塀に囲まれていますし、窓には鉄の格子がはめ込まれ、門は固く閉ざされ警備の兵の姿がちらほらと。
 ここって保養所には違いないのですが、どうやら問題を起こした貴人らを、隔離するのに利用されている施設らしくって、施設の奥からときおり怪しげな奇声が聞えてきます。
 ゴシックホラーな洋館の造りと相まって、お化け屋敷として開業したら、人気が出そうな風格ですね。

 セラーさんの先導にて、サクッと屋敷内に侵入を果たした私たちは、そのままターゲットの病室に向かいました。
 宮原百合さんは地下の最深部の部屋にて隔離されていました。まるで陽が差さない、空気も湿り気を帯びて淀んでいる室内、病人を労わる気なんてサラサラ感じられません。かなり酷い扱いを受けているのは明白です。

 ベッドには、すっかり痩せこけた乙女の姿がありました。
 この分ではろくすっぽ食事も摂っていないのでしょう。なまじ食に対するこだわりが強いのが仇になったようです。
 まじまじと眺めていると、人の気配に気がついたのか、薄っすらと宮原さんが目を開けました。

「……貴女は誰?」少し寝ぼけているのか、視点が定まっていません。ですので私の正体にも気がついていないので、ちょっと悪ノリしちゃいます。

「私は貴女を攫いにきた泥棒です。今夜、貴女をここから連れ出し、自分のモノにしますので、どうかご覚悟を」

 まるで少女漫画に登場する、怪盗紳士みたいな台詞を臆面もなく吐いてやりました。
 アルティナさんは呆れ顔ですが、セラーさんにはウケたみたい。

 すると地下の病室に鳴り響く、不気味なぎゅるぎゅる音、どうやら宮原さんのお腹の音らしいです。虚ろな目をして「お腹すいた、牛丼食べたい」と呟く彼女の鼻先に、焼肉弁当を差し出したら、猛烈な勢いでかっ込み始めました。弱っている胃にはキツイのではと心配する私をよそに、五個もお弁当を平らげてみせた彼女。どうやら寝込んでいた原因は、主に食のストレスだったようです。

 腹がくちてひと息ついたところ、ようやく宮原さんが私の存在に気がつきました。

「あれ? 沢良宜さんじゃない、ドラゴンに食べられて死んだんじゃなかったの?」

 まぁ、あの状況じゃそう判断されても仕方がありませんよね。その当のドラゴンが、すぐ側に立っている赤毛の女性だと知ったら、きっと卒倒しそうなので今はまだ黙っておきますが。

 元気を取り戻した彼女に、どうしてこんな場所に閉じ込められているのか理由を訊ねると、どうやら王城内の政変に巻き込まれたようです。
 現在の王城内は王子派、王女派、王様派、良識派、の四つに分かれており、特に王子と王女の対立が激化、力を持つ勇者組を巡る勧誘合戦もヒートアップ、そんな中にあって立場を明確にしないうちに倒れた彼女の処遇を巡って、揉めたそうです。恩を着せるには絶好の機会ですからね。だがこれを不憫がった良識派の騎士団長さまが、半ば強引に手を回して、こちらに隔離するようにして下さったとのこと。やっぱりいい男ですよね、彼って。

 そんな宮原百合さんに、「へい! 魔族領に来ないかい?」って誘ったら、あっさり了承して下さいました。あっちの食生活の豊かさを語ったら、一発でした。
 料理長にも紹介するし、厨房も出入り自由だから、頑張って食文化に貢献して、とお願いしたら、感涙に咽び泣いてしまわれました。
 よっぽど人間領での生活は生き辛かったようです。


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