とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。

月芝

文字の大きさ
上 下
52 / 101

52 マイカー

しおりを挟む

 この頃、リースさんの部屋がえらいことになっています。
 ああ、彼女のお部屋も私と同じで、中央塔の最上階の一角にあります。
 初めは大人っぽい落ち着きのある淑女の部屋だったのですが、今では壁一面に銃器類が飾られてある、とってもミリタリーなお部屋に模様替え。
 私の護身用武器の開発から始まった、銃器類の研究。すでにこちらの手を完全に離れて勝手に一人歩きしている状況ですが、これに魅せられたのがリースさん。試射しているうちにすっかり気にいってしまって、いまではこのザマです。
 鈍く黒光する銃身を、ウットリと磨いている青い肌の麗人。とっても絵になります。

「すみません、リースさん。ちょっと出て来ます」
「あら? それなら私もご一緒に」
「いえ、ちょっと工房に顔を出してくるだけですから」

 せっかくの趣味の時間をお邪魔するのも気の毒なので、追従しようとした彼女を断り、私は一人出かけます。魔王城の中もすっかり勝手知ったるで、慣れた様子で目的地へと向かいます。

 それにしても……、このお城ってやたらと広いんですよね。
 ちんまい市松人形には、いささか堪える移動距離です。でも魔族の方々は揃いも揃って健脚揃いなので、まるで平気のよう。そこで私は考えました。
 自分専用の足を造ってもらおうと。これが本日の目的です。
 たぶんゴーレム技術を応用したら、簡単なエンジンとか作れると思うんですよね。それを用いた一人用のミニカーでもあれば、移動もきっと楽になるかな、と考えたわけです。
 いつものように工房長に平伏されつつ、イラストと説明文つきの資料を彼に手渡して、開発を依頼します。

「わかりました。花蓮さまに相応しいお乗り物を仕上げて御覧に入れましょう」

 やたらと気合を入れる工房長、そんな気遣いはいらない。極力シンプルにと念を押して、私はえっちらおっちらと自室に戻ります。
「やはり遠いです」長い廊下にてポツリと弱音を吐くと、たまたま側におられた見知らぬ紳士が、私をひょいと担いで、最上階に通じる昇降機のところまで運んでくださいました。



 三日後、工房長より試作品が完成したとの連絡が入ったので、リースさんと出向いてみると、そこには何故か小さい戦車がありました。砲台こそはありませんが足回りが完全にキャタピラです。はて? 戦車について言及した覚えは一切ないのですが……。

「色々と試してみたんですが、コイツが一番耐久性に優れており、どこでもへっちゃらでしたので」と工房長。どうやら彼は独力によってここまでに至ったようです。
 操作はシンプルにレバーにて前後、あとはハンドルのみ。速度は一定なのでボタンで起動するだけという造り。
 せっかくなので乗り込んでの試運転、ドドドと重低音を響かせてエンジンが起動すると小型戦車が走りだしました。速度は抑えてもらっているので、せいぜい大人の速足程度しかでません。それでも視点が床に近いせいか、けっこうの体感速度です。
 振動は多少あるものの、走り自体はわりと快適です。小回りも利きます。直角に曲がれるとか戦車って凄いですね。でも両脇から絶えず聞こえてくるキャタピラの音がうるさい。あと走る度にガリガリと床が削れているのがいただけません。
 よって残念ながら一号機は没となりました。
 リースさんが乗ってみたそうにしていたので、貸してあげると楽しそうに乗り回していました。それを尻目に私は二号機の開発について、工房長と話を煮詰めていきます。とりあえず内部構造は充分だったので、足回りを普通の車輪でお願いしておきました。

 二号機の外観はゴーカートに近いものに仕上がっていました。ほぼほぼ私のイメージ通りです。しかしここにきて、どうして工房長がキャタピラ式を採用していたのかが判明します。問題は車輪にありました。敷物があれば普通に走れるのですが、石材の床の上だとちょくちょく空回りを起こします。コーナーワークも最悪でお尻が滑る滑る。そういえばこちらの世界にはゴムタイヤなんて品はありませんでしたね。これは失念していました。あれって何気に凄い発明だったのですね。
 ここにきてミニカー開発は、タイヤ開発へと移行します。
 弾力性に富みと耐久性をも兼ね備えた素材を探す行為は、難航を極めました。工房だけでなく魔道具協会や商人さん、ブルタス先生なんかにも協力を頼み、ようやく納得のいく品が開発出来たのは二ヶ月後でした。

 真っ赤に塗装されたミニカーが魔王城内の長い廊下を疾走したとき、開発に携わったみなが大歓声をあげました。ハンドルを握る私も感涙に咽びます。そして騒ぎを聞きつけた魔王様に呼び出されて、しこたま怒られました。


しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

処理中です...