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28 温泉宿

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 魔族領の温泉街は、私がよく知っているような、旅館がズラリと並ぶものではなくて、素泊まりが基本の木賃宿がほとんどで、料理は自炊、温泉は街の各所にある風呂に入り放題というものでした。お客の入りは多くもなく少なくもなく、ちょうどいい塩梅です。
 時代劇に出てくるような風情のある平屋のお宿に、私は案内されました。
 部屋と部屋とが渡り廊下で繋がっており、どの部屋からも中庭が一望できるように配置されています。中庭には真っ白な砂が敷き詰められており、禅寺の庭みたいに模様が描かれていました。なんともいえない良さがあります、これが詫び寂びというやつでしょうか。

「なかなか趣のある宿ですね」

 私が率直な感想を零しますと、「だろ。私も気に入ってるんだよ」とアルティナさんが少しはにかんだ笑みを浮かべました。

 早速、広いお風呂でひと浴びしてきた後に、私は夕飯の準備に取り掛かります。
 自炊なのですが炊事場にある道具や食材は、どれでも自由に使っていいのだそうです。
 二人きりですし、どうせ彼女はお酒を召し上がるので、ここはより親睦を深めるためにも鍋にすることにしました。それっぽい野菜やら謎の肉をドバドバと大鍋に放り込んで、ぐつぐつ煮込みます。途中で味見をしましたが、旨味はいい感じで出ているのに、いまいちパンチが足りません。何かないかなーと食糧庫を漁っていると、奥の方から乾燥した小魚が詰まった袋が出て来ました。これはいいと、下処理をして出汁をとって鍋に投入して味を調えます。するといい感じに仕上がりました。出汁をとり終えた小魚は、佃煮にして付け合わせにしました。
 なんだか随分と久しぶりに包丁を握った気がします。そういえば母が亡くなってからは、ずっとドタバタしていて、ほとんど料理をする暇もありませんでしたから。まさか異世界にて包丁を握ることになろうとは……。おっと、そろそろいい頃合いですので、お部屋にお鍋を運ばないと。

 お鍋はアルティナさんに好評でした。
 佃煮、酒、お鍋、のループにて鍋が空になるまで完走です。

「小魚って奴はあんまり得意じゃなかったけれど、これは食べやすくていいねぇ。酒にも合うし」

 終始ご機嫌な姉御、締めの雑炊に悶絶していました。
 そうそう、ここって一応、お米があるんですよね。ただし、こればっかりは元の世界にまだまだ遠く及びません。あっちのとち狂った品種改良の果ての究極米と、比べるのも酷な気がしますが、こちらは粒の大きさ、旨味、どれをとってもまだまだ。ですので普通に炊いたら粗が目立ちます。だからこうして雑炊にするか、焼き飯にするのがいいようです。

 食休みの後に、もう一度、温泉に入りました。
 火照った体を縁側で涼ませていると、どこぞより心地良い風が吹いてきました。見上げると煌々と丸い月が出ています。ただし三つも並んでいますが……。
 月のない夜から、一つずつ増えていき、最大で七つになると、また消えてしまう。こちらではそれを繰り返すそうで、これが暦の目安になっているという話です。こっちに来て初めて見た時には随分と驚かされたものですが、慣れたらこれはこれで楽しいものですね。
 月明りを受けて中庭の白砂が輝いています。
 そんな景色に見惚れていると、ふとその中にキラリと光るモノを見ました。

「はて? あれは何でしょうか」

 突っ掛けを履いて、中庭へと降り立ちます。普通はこのように整備された場所には立ち入り禁止なのですが、ここは入ってもいいそうです。なんでも勝手に修復しちゃうんだとか、凄いですね、異世界のお庭って。
 出来るだけ踏み荒らさないように慎重に歩き、どうにか光るモノのところに辿り着きました。屈んで拾ってみると、ビー玉のような珠でした。中を覗くと白い砂が入っているらしく、ふわりと揺れています。

「スノードームに似ています。誰かの落とし物でしょうか」

 とりあえず拾った品を持って部屋へと戻りました。半分酔っ払ったアルティナさんに見せてみると、それは「シロタエ」だと教えてくれました。なんでも白砂が気まぐれで生み出すモノらしく、幸運のアイテムなんだとか。

「よかったじゃねぇか」と喜んでくれるアルティナさん。

 運も大概らしいので、私には必要ない気もしますが、これも御縁と思って、とりあえず鞄に放り込んでおきました。そうだ、もしも勇者組の誰かと再会することがあれば、プレゼントしてあげましょう。こういう素敵アイテムは真に不幸な方にこそ、相応しいのですから。
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