とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。

月芝

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12 ようやく異世界

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 門を抜けたら、そこは異世界の王宮だった。
 同じ制服を着たクラスメイトらが、ずらりと整列している。その最後尾に、こそっと私は紛れ込みました。
 周囲の様子をざっと伺う。
 無駄にゴテゴテとした装飾が施された、絢爛豪華な造りの王宮、玉座があって豚のように太った王様が踏ん反り返っており、その脇には綺麗な若い男女が控えている。格好からして王子様とお姫様といったところでしょうか。王妃の姿は見当たりません。神様のところで遊んだゲームのように、重そうな甲冑姿の騎士が壁際にずらりと並んでいるし、神官らしい服装の人たちも大勢いる。得意気な様子からして、おそらく彼らが召喚の儀とかをやったのでしょう。貴族らしい人らも沢山いますが、どいつもこいつも嫌な目をしています。私はあの目を知っている。人を喰いものにしようとする害虫の目だ。あっちの世界で母の死後に纏わりつかれて辟易したものです。
 ゲームのにわか知識ですが、これはちょっと駄目なパターンかもしれません。

 みんなを代表して委員長の山本大樹くんが、お姫様とやり取りを続けている。
 少し聞き耳を立ててみましたが、これは分が悪い。お人形さんのように愛らしいエメラルドグリーンの円らな瞳のお姫様に懇願されて、男気と庇護欲を存分に刺激されています。クラスの大半の男子がそれに同調しているし、これは早々にケリが着きそうです。女子はカッコいい王子さまやイケメンの騎士たちにすっかり目を奪われて骨抜き状態。一部のクラスメイトらは警戒の色を強めているみたいだけど、多分、局面に流されて行動してしまうでしょう。集団の中で個を貫くのは難しいですから。それにここは完全に相手の領域、あまりにもこちらが不利過ぎる。いくらチートを貰ったところで、社会経験に乏しい普通の高校生風情に抗えるわけがありません。
 案の定、「魔族から世界を救って下さい」と言われて、その気になってしまった委員長。「僕たちでよろしければ」なんてことを言い出した。
 おいおい、それに私まで巻き込まないでよ。やりたければ勝手にやってください。私はご遠慮します。

 頼りになるはずの委員長が相手方に篭絡されてからは、話がとんとん拍子にまとまる。
 ここは右も左もわからない異世界、とりあえずみんなで団結して頑張ろうということになってしまった。そこに私の意志は微塵も反映されていない。
 こっちの顔を見て「よかった、沢良宜さんも、ちゃんとこちらにこれたんだ」と笑顔を見せる委員長くん。良い人には違いないんだけど、その優しさが私は怖い。一方的な善意が蜘蛛の糸のようにベタベタと絡まってくるから、あまり関わりたくない。というのに向こうからグイグイと距離を縮めてくるから困ったものです。

 四十人の勇者たちには離宮が与えられ、それぞれに個室も用意され、お付きのメイドまであてがわれた。ただしこれは見張りだと思う。
 魔法があるのでお風呂やトイレとかは問題なかったけれど、食生活の味の貧困さに、私以外のみなが泣いた。
 飽食の国の住人には、元の世界の中世以前程度の食文化では、到底満足できるわけがない。かといって知識を駆使して食の革命を起こそうにも、素材そのものが貧困ではどうしようもない。マヨネーズ? 卵の生食なんぞ食当たりで死ぬぞ。胡椒? なにそれとの回答。塩も岩塩のみという有様、茶葉と酒類はそれなりに発展しているが、甘味も限られるし、香草のような品は探せば見つかるだろうが、あっちとこっちでは名称や容姿、用途が異なるのである程度、数が出揃うまでに、かなりの根気と時間がかかるだろう。
 しかし勇者たちには、そんなこと構っている暇はない。
 いかに素養があり、スキルやチートがあろうとも、ちゃんと訓練をせねば使い物にならない。だから異世界に来てから、しばらくは騎士らによって戦闘訓練を施されることになっている。
 ちゃっかりこちらの能力も自己申告させられているし、なかなか抜け目がない。どうやら外部から調べる道具もあるみたいで、申告との間に齟齬がないかも確認されている模様。
 幸い、わかるのは適性とスキルだけみたいで助かった。
 私が貰った五つの能力はゴリマッチョなオジ神様のおかげか、スキルとはちょっと違う扱いになるようで、外部からではわからない仕様となっている。
 だから私の場合、バレているのは創成魔法のみ。それもしょうもない品しか出せないと実演してみせたら、一気に興味を失われて、戦闘訓練にも参加しなくてよくなっている。だって普通の小柄な非力な少女に、時間と労力を割くなんて無駄だもの。なんならいっそのこと城外に放逐してくれてもいいのですが、それはしない。勇者らに反感を持たれたくないのと、きっと人質の意味もあるのでしょう。
 女としての価値は……、一部マニアならイケるか?

 試しに訓練所を見学にきた王様に、「役立たずの自分なんて、いっそ放り出して。当座の生活資金だけもらえたら、あとは勝手に頑張るから」と提案してみたら満面の笑みを浮かべてくれた。だがあと少しというところで、委員長と数人の男子らに阻止されてしまった。いいひと連合の矜持として、クラスメイトを見捨てない、という誓いが立っているようだ。
「クラスみんなで魔王を倒して元の世界に帰ろう」を合言葉に頑張っている彼らが、あまりにも気の毒です。だって帰れないんだもの、きっとお姫様かあの女神さまに適当なことを吹き込まれちゃったんだろうなぁ。


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